2025年8月、イギリスのマシュー・リチャードソンが200mFTT(助走ありの200mタイムトライアル)の世界記録を更新。前人未到の9秒切りが達成された。
このタイムが記録されたのは、2022年にトルコにオープンした、コンヤのベロドローム。
では、これまでに世界記録が出たのはどのベロドロームが多いのだろうか?
本記事では直近10年(2015年〜2025年)に記録された世界記録のデータをもとに、ベロドロームの特徴を比較していく。
直近10年 世界記録上位ベロドローム
直近10年(2015年〜2025年)に世界記録が出たベロドロームの、記録件数上位6位までは以下のようになっている。
世界記録件数 | 都市 | 国 | |
1位 | 11件 | アグアスカリエンテス | メキシコ |
2位 | 8件 | サン=カンタン=アン=イブリーヌ | フランス |
3位 | 7件 | グレンヘン | スイス |
4位 | 5件 | ベルリン | ドイツ |
5位 | 4件 | コペンハーゲン フースデン=ゾルデル |
デンマーク ベルギー |
6位 | 3件 | 伊豆 ブリスベン コチャバンバ コンヤ |
日本 オーストラリア ボリビア トルコ |
世界記録の聖地:アグアスカリエンテス
世界記録数最多の地は、メキシコの高地に位置するアグアスカリエンテスのベロドローム。約1800mの標高によって空気抵抗が軽減されることに加え、最大傾斜が48度であることも特徴的だ。一般的な250mバンクの傾斜が45度前後であることを踏まえると、普通より傾斜のきついバンクであるといえる。
ただしその傾斜を利用できるフライングスタート(助走をつけてからスタート)の記録は、意外なことに1件しかない(2023年、ジェフリー・ホーフラントによる500mFTT)。多数を占めているのは1kmや4km、そしてアワーレコードの世界記録だ。近年このベロドロームで大会が行われたということもないため、大会中に達成された記録もない。
ここはまさに世界記録の聖地、「チャレンジをしにいく場所」という位置付けとなっている。
種別 | 種目 | ||
スタンディングスタート | 10件 | 1kmTT | 2件 |
4km個人パシュート | 3件 | ||
アワーレコード | 5件 | ||
フライングスタート | 1件 | 500mFTT | 1件 |
努力が結実した場所:サン=カンタン=アン=イブリーヌ

第2位となるのは、フランスのサン=カンタン=アン=イブリーヌのベロドローム。特筆すべきは8件の世界記録のうち、5件が2024年の8月……すなわち2024年パリオリンピックの最中に記録されたもの、という点だ。
このベロドロームは標高170m、最大傾斜43度と、特徴だけをいえばそこまで高速バンクというわけではない。選手や機材、サポートチームの努力と技術の粋が集まった結果という側面が強そうだ。
種別 | 種目 | ||
スタンディングスタート | 6件 | 500mチームスプリント | 1件 |
750mチームスプリント | 3件 | ||
4km個人パシュート | 1件 | ||
4kmチームパシュート | 1件 | ||
フライングスタート | 2件 | 200m | 2件 |
ヨーロッパ圏の立地が魅力:グレンヘン
スイスのグレンヘンにある、標高432m、最大傾斜46度のベロドローム。この地ではここ10年で7件の世界記録が樹立されている。その中でもアワーレコードの世界記録件数が特に多い。
種別 | 種目 | ||
スタンディングスタート | 7件 | 1kmTT | 1件 |
750mチームスプリント | 1件 | ||
アワーレコード | 5件 |
スイスに位置するこのベロドロームは、ヨーロッパ諸国からのアクセスがしやすい。「標高などを考えればアグアスカリエンテスが良いが、メキシコまで行くのは大変……」というヨーロッパの選手たちにとって、近場にあるタイムの出やすいバンクという立ち位置になっていそうだ。
新型コロナ勃発直前の世界選手権:ベルリン
4位となるのはドイツ・ベルリンのベロドローム。標高51m、傾斜45度と大きな特徴があるわけではない場所だが、こちらでは5件の世界記録が樹立されており、そのうちの4件が2020年2月末に記録されたものだ。
というのも、この時期は本来なら2020年8月に行われるはずだった東京オリンピック直前の世界選手権の期間であった。一部で新型コロナウイルスのニュースが出始めてはいたものの、まだ厳戒体制などは敷かれていなかった時期でもある。
半年後に控えた4年に一度のオリンピックに向け、選手たちが己の限界を超える記録を出した。そういう記憶の残るベロドロームである。
種別 | 種目 | ||
スタンディングスタート | 4件 | 750mチームパシュート | 1件 |
4km個人パシュート | 2件 | ||
4kmチームパシュート | 1件 | ||
フライングスタート | 1件 | 500m | 1件 |
日本とトルコのベロドローム
ここからは少し順位を飛ばし、日本の伊豆ベロドロームと、トルコ・コンヤのベロドロームについて特徴を見てみよう。
東京オリンピックに向けて改修:伊豆ベロドローム
2011年に完成した伊豆ベロドローム。伊豆山中に位置するが、標高は333mほどで、カントの最大傾斜は45度となっている。東京オリンピック開催時でまだオープンから10年未満だったが、さらにオリンピックに向けて改修が行われたため、比較的新しい部類のベロドロームと言えるだろう。
伊豆ベロドロームでは3つの世界記録が樹立されているが、いずれも2021年の東京オリンピックの際のもの。特に当時女子種目だった500mチームスプリントは、この後ルール改訂で女子も男子と同様の750mチームスプリント(3人1チーム制)に変更されたため、これ以降この記録が塗り替えられることはほぼないと考えられる。

東京オリンピックで女子チームスプリントの世界記録を樹立した、バオ・シャンジュー(鮑珊菊)とゾン・ティエンシー(鍾天使)
種別 | 種目 | ||
スタンディングスタート | 3件 | 500mチームスプリント | 1件 |
4kmチームパシュート | 2件 |
オープン3年で世界記録3件:コンヤ

ユアン・リイン(苑丽颖)
トルコ・コンヤのベロドロームは、前述した通り2022年にオープンしたベロドローム。2025年3月に『ネーションズカップ』が開催され、この際にユアン・リイン(苑丽颖)がこのベロドローム初の世界記録を樹立した。

マシュー・リチャードソン
続く8月にはマシュー・リチャードソンが2日続けて200mFTTの世界記録を更新。これによって、オープン3年で3件の世界記録がこの地で樹立されたことになる。
コンヤのベロドロームは標高1200m、傾斜45.5度というスペックを持つベロドローム。アグアスカリエンテスには劣るものの、他のベロドロームと比べても条件の良い競技場だ。
また、現時点で記録されているのはすべてフライングスタート(助走つきスタート)の記録であることにも特徴的。まだ件数が少ないので今後スタンディングスタートの記録が増えていくかもしれないが、傾斜を活かして「フライングスタートの聖地」のような位置付けになると面白い。
世界記録一覧:
男子エリート(2025年8月18日更新)
女子エリート(2025年5月20日更新)
2025世界選手権の会場は?
いよいよ目前に迫っている2025世界選手権は、チリ・サンティアゴにあるベロドロームで開催される。標高は600mほどあるが、傾斜が緩いという特徴がある。このような条件下でどのようなタイムが生まれるのか、ぜひ注目いただきたい。
世界選手権は10月22日からスタートする。