公益財団法人JKAより、平原康多(埼玉・87期)が2025年5月30日付けで登録消除となったことが発表された。
2013年から10年連続でS級S班
平原康広(28期/1999年引退)を父に持ち、高校から自転車競技をスタートさせた平原康多。高校在学中に『ジュニア世界選手権』に出場するなどの成績を残したのち、日本競輪学校(現・日本競輪選手養成所)に第87回生として入所。
2002年にデビューを果たすと、2007年には通算100勝を達成。2008年にKEIRINグランプリ初出場、以後、計14回も競輪界最高峰レースに出場。特に2013年からは10年連続でグランプリに出場し、S級S班の座を守り続けた。

KEIRINグランプリ2020では、脇本雄太との連携も話題となった
落車による大怪我、2024年にダービー戴冠
しかし2023年は落車による骨折や股関節の捻挫、さらに怪我からの復帰の過程で椎間板ヘルニアも発症。
2024年は10年ぶりにS級S班の座から陥落する結果となったが、同年通算500勝を達成。続いて5月に行われた『日本選手権競輪(競輪ダービー)』にて、3年ぶりのG1優勝を果たした。


そのダービーの表彰式では、「大怪我からの浮上途上で優勝できたのは、家族やファン、練習仲間の支えがあったからこそです」と涙を見せるシーンもあった。

2024年『日本選手権競輪(競輪ダービー)』レース後の吉田拓矢(左)と平原康多(右)
なお、その2004年の『日本選手権競輪(競輪ダービー)』は吉田拓矢・武藤龍生とラインを組み制したレースで、2025年の同レースは吉田拓矢が優勝を果たしている。
生み出した数々のドラマ
過去のインタビューでは、自身を「飽くなき探究者」と表現していた平原康多。「とにかく奥が深すぎる」と語る競輪に対し、「常に“昨日の自分を超える”気持ち」で向き合い、研鑽を続けてきた。

2024年の『日本選手権競輪(競輪ダービー)』だけでなく、2018年『KEIRINグランプリ』ではレース中の落車から、何度も転びながら最後は歩いてゴール線を超えるなど、数えきれないほどのドラマを生み出してきた。

2021年、2022年には「オールスター競輪」ファン投票で1位となるなどファンからも絶大な支持を得ていた、競輪界を代表する名選手の引退。
最後のレースは、昨年ドラマティックな優勝を遂げた『日本選手権競輪(G1)』最終日(2025年5月4日)のS級優秀戦となった。

平原康多 主な成績
通算成績:1614戦511勝・優勝61回
通算獲得賞金:17億1407万2900円
G1は通算9回優勝。「オールスター競輪」を除く全G1を制覇しており、グランドスラム達成まであと一歩という状況であった。
2006年 | ふるさとダービー(富山)優勝 |
2007年 | 通算100勝達成 |
2009年 | 高松宮記念杯競輪(大津)優勝 |
朝日新聞社杯競輪祭(小倉)優勝 | |
2010年 | 高松宮記念杯競輪(大津) 優勝 |
2013年 | 読売新聞社杯全日本選抜競輪(松山) 優勝 |
通算200勝達成 | |
2014年 | 朝日新聞社杯競輪祭(小倉) 優勝 |
2016年 | 朝日新聞社杯競輪祭(小倉) 優勝 |
2017年 | 読売新聞社杯全日本選抜競輪(取手) 優勝 |
通算300勝達成 | |
2018年 | 共同通信社杯(高知) 優勝 |
2020年 | 通算400勝達成 |
2021年 | 寛仁親王牌(弥彦) 優勝 |
2024年 | 日本選手権競輪(いわき平) 優勝 |
通算500勝達成 |
平原康多がダービーを制す KEIRINグランプリ2024出場権獲得、SS返り咲き『第78回日本選手権競輪(G1)』6日目 5月5日/いわき平競輪場