今村駿介のアワーレコード挑戦の意味

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今村の持つ能力

11月初旬に行われた前橋での2020全日本トラックに、今村の名前は無かった。どの種目にも出場していなかった。本人曰く「大学の事情で参加が出来ななくなった」とのことだ。

しかし2020世界選手権トラックからおよそ8カ月、「トラック上でのレースから長期間離れてしまっている状況をどうにかせねば」とグリフィンコーチが今村のために考え出したのが、今回のアワーレコード挑戦だった。

日本発のアワーレコードに挑戦。しかし、グリフィンコーチは今村が持つ能力に大きな期待を抱いていた。

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「最初の30分間は104周(250m×104=26km)をターゲットに走ります。もし40分経ってスピードアップが可能ならば、彼の判断でスピードアップしていく形になります。事前に行ったテストの結果で心拍数は安定していましたし、体の深部体温も大きく上がっていませんでしたので、今回の結果に期待を持っています。

ただし、30分からは身体の部分部分がツってきますし、身体的にも精神的にもキツい種目です。サイクリストの間ではPain Cave(痛みが続く洞窟を走っているかのよう)と呼ばれてもいます。40分が経過すると痛みと苦痛が続きます。今村は痛みに耐え、自分を追い込むことが上手いので、この種目に向いている選手と言って良いでしょう。」

そして言葉の必要のないコミュニケーション方法を確立させ、準備を整える。

「私はレース中、トラック上で常に今村に1周毎のタイムを表示します。今回は一周の目標タイムを17秒3に設定していますが、コンマ1秒を1歩とし、設定より速ければ1歩1コーナー側(選手の進行方向)へ、設定より遅ければ4コーナー側(選手の進行方向とは逆)へと少しづつ歩いていきます。

時間の経過と共に私が1コーナーを超えてどんどんフィニッシュラインより遠ざかっていけば、順調にレースは進んでいるということ。逆に私が4コーナー側に戻るような形であれば、想定よりスピードが落ちているということです。私がどこにいるかで今村がペースを確認出来る形ですね。」

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ペースを上げる今村、吉か凶か?

レースが始まると少しづつ今村の進行方向に進んでいく指揮官。

フィニッシュラインからどんどん1コーナー側へと離れていき、レースが順調に進んでいることを確信させる。

30分を過ぎ、想定よりも速いスピードで走る今村。それは嬉しい報せではあるが、35分を過ぎて更に今村のペースが上がると指揮官の口から不安が過る。

「アタックが速すぎたかもしれない」

レース前の予定では40分までは様子見のはずだった。しかし今村は自分で判断しスピードを上げていく。

「彼の状態は彼が一番分かる。今村の判断を信じよう」

選手を信じ、最後まで淡々と1周毎のタイムを計測していく指揮官。そして1時間が経過した時には予想を上回る52.468km(209周+α)を記録した今村だった。

「とても素晴らしいですね。これまで30分間のテストしか実施していなかったので、残りの30分間は本当に未知の領域でした。ですから後半戦はドキドキしながら観ていたのですが、スピードを落とすことなく更に速くなっていきました。もしかしたら53kmも行けるかもしれませんね。まだ改善の余地があるものの、今日の結果はシンプルに嬉しいです」

今村の今回の記録は、錚々たるメンバーリストの中、歴代5番目に速い結果となった。

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この結果はどんな効果をもたらすのか

この結果はどこに続くのだろうか?トラックの個人パシュート?それともロードの個人タイムトライアル?答えは以外な形で返ってきた。

アワーレコード, Hour Record, 今村駿介

「この種目では彼がチームの中で最も長けているということ、そして彼は優れたアワーレコードの走者であるということ、その事実だけです。

アワーレコードは彼がチームパシュートの能力を向上させる上での良いトレーニングという位置付けです。ロードに対してのトレーニングでもありますね。今回の結果で彼のバイクポジションが良いのかどうか、どれほどの出力が平均して出せるかなどのテストになりました。そして彼がモチベーションをキープいていくための良い機会になったと思います。

今年はロードの世界選手権にも出られず、全日本選手権にも出られずでした。ですからこのようなレースはモチベーションの維持、そして現状の確認に必要だったのです。

そしてこの結果はロードのプロチームからの評価を得るに値しますから、結果として今村は欧州に向けて名を売ったことになりますね。もちろん我々の狙いはトラック競技でメダルを獲ることですが、ロードのプロチームへの良い宣伝になるとは思いますよ。」

目的はモチベーションの維持、そしてトレーニング。しかしこの道はロードのワールドツアーなどに繋がるかもしれないというのだ。計算された計画、結果を出した選手、そして結果に繋がらせる指揮官の手腕、見事な試みとなった今回の”日本初”のアワーレコードだった。

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