チームパシュートへの出場で得たもの

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準決勝で究極の「ギアの音が聞こえる」ゾーン体験

Q:その良い状態というのは、準決勝でも続いていたのでしょうか?

はい。準決勝は展開的に1着が厳しそうだったので、レースの途中で勝ち上がりに焦点を絞りました。前がモガきあっている展開で、「どうしようかな」と考えていたんです。周りから見てたら「後ろにいて大丈夫?」という感覚だったと思うのですが、自分としてはすごく余裕があって、前を走るマシュー・グレーツァーのギアの音まで聞こえていました。

時間の流れもすごくスローに感じて「(マシュー・グレーツァーは)まだ踏んでないな。(ギアの音を聞いて)踏んだな。でもあんまりかかってない。じゃあそろそろ自分も行くか」と考えながら動き出したくらいです。相手の体力ゲージが見えるような感じ。結局グレーツァーを交わせてはいないのですが、決勝に上がることにフォーカスしていました。

Q:会場の歓声もものすごかったのに、ギアの音が聞こえる。いわゆる「ゾーン」に入った状態なのでしょうか?

歓声はまったく聞こえなくて、グレーツァーの音だけが聞こえました。これまでも「ゾーンに入った」と感じたことはありましたけど、それとはまた違う、これまで体験したことのない感覚でした。
音で相手が踏んでるか踏んでないか判断する、そんなことは考えたことがなかったです。

Q:オリンピックの舞台でそれを経験できた、というのがすごいですね。

小さい頃から、本番に強いタイプではありました。保育園くらいのときにピアノをやっていて、発表会のリハーサルで緊張して手が動かなくなったことがあるんです。その時も、いざ本番がはじまったらスラスラと弾けた。そういう経験もあって、本当に重要な場面に立ったらできる、という自信はありました。そこに、これまで準備してきた過程が上乗せされたんだと思います。

提供 中野慎詞

“メダル”を意識していた時点で勝敗は決していた

Q:その神がかった状態での準決勝を終え、ついに決勝の舞台に。スタートの時点で、メダルは意識していましたか?

スタートの前はかなり意識していました。落車という形で終わってしまったことを考えると、「お前はそこまでの力はないぞ」という神様からの制裁だったんだと思います。

2023年の世界選手権(グラスゴー)の時は、ほとんどメダルのことは考えていなかった。決勝の最終周、3コーナー過ぎくらいで初めて「メダルが獲れる!」と思って踏んだ結果、銅メダルが獲れました。

レース前にメダルを意識してしまったところで、勝敗は決していたのかもしれません。

Q:結果論ではあるけれど、下心が出てしまったということですね。

実際メダルを獲りにオリンピックに来ていたわけですし、「決勝の舞台まで来て6着でも良いと考える人なんていない」というマインドでした。
それが良くない、とは思っていなかったのですが……レース終わってどこが良くなかったのかを考えると、その下心だったのかなとは思います(笑)。

Q:決勝では、最終周に入りマシュー・リチャードソンとハリー・ラブレイセンが抜け出たところで、飛び付かずに控える選択をしました。まだ射程圏、とあえて控えた形ですか?

僕が出る頃にはだいぶ前にいたので、あの時点で「1、2位は厳しい。でも3着の権利はある」という考えに変わっていました。

落車後、再乗を試みたが……

Q:銅メダルに目標を切り替えたなか、アクシデントがあるまではメダルへの確信がありましたか?

3コーナーで(ムハマド シャー・)シャロームが横にきたときに、前2人との差はあるものの、僕はまだ脚に余裕があったんです。
シャロームが止まって、自分のほうが伸びていく感覚があって、「よっしゃ」と思ったところでぶつかって、制御が効かなくなってしまった。シャロームは余裕がない状態で、僕に粘られて「やばい」と思ったんだと思います。

Q:落車した瞬間は、何を考えていましたか?

前の2人以外は全員落車したと思ったので、急いで起き上がってまた走ろうとしました。(鎖骨が折れて)肩が落ちている感覚はあったのですが、なんとか起きあがろうと思ったところで、最後尾にいたはずのグレーツァーが喜んでるのが見えて……

「終わった」

と感じました。

あの時は身体的なダメージよりも、現実を受け入れたくなくてバンクから立てませんでした。

Q:終わってもう1ヶ月以上が経ちますが、心境としては?

まだ複雑な気持ちがあります。
時間は戻らないことはわかっていますし、タラレバのような気持ちはない。割り切ってはいるのですけれど、終わり方もああいう形で、うまく飲み込めていないというか……。

Q:やはり決勝のことを考えてしまいますか?

いまでも、決勝のレースは夢に見ます。しかもメダルを獲れたという夢。

起きたところで「オリンピック終わったんだ」と気づくんです。こういったロスのような感覚は、初めてですね。

欠けているピースを取り戻すために

Q:すぐに次(ロサンゼルス)、という風には切り替えられないでしょうか?

例えば予選落ちで歯が立たなかったり、メダルを獲っていたら辞めていたかもしれません。その意味で、「メダルを狙える位置にいた」ということは自信になりました。
でも、終わり方も含めて中途半端なんですよね。今後どういうふうにしていくべきなのか、気持ちが追いついていないような状態です。

ナショナルチームのメンバーやスタッフも含めて競技をやってきたことでいろんな出会いがありましたし、普通の人が経験できないことをしていると思っています。ここまで成長することができた素晴らしい環境を手放したくないとも思います。
メダルも獲りたいし、アルカンシェルも着たい。でも、今は自分の中で何かが足らないような……うまく表現ができません。

Q:欠けているピースがなんなのか、自分でもよくわからない。

そうですね。なにがきっかけでそのピースが埋まるのかは、まだわかりません。
世界選手権に出たら変わるのかもしれないし、競輪を走れば変わるかもしれない。

もちろん、中途半端な気持ちで競技や競輪に出るつもりはなく、出るからにはしっかりと気持ちを作り全力で挑みます。
今はそうやって、自分と、自転車としっかり向き合っていくことが必要だなと感じています。

 

パリ2024では日本チームで最高の成績を残した中野慎詞。中野の復活に相応しい舞台は世界選手権となるだろう。
オリンピックを経て、眠れる獅子が目を覚ます。その瞬間を見逃したくないのは筆者だけではないだろう。