クリス・フルームにまつわる事件簿

マラソンマン誕生、2016年 第12ステージ

ツール・ド・フランスの山岳コースでは、沿道の観客と選手を隔てる柵はなく、常に大混乱。特にスピードが落ちる登り坂では、多くのファンが少しでも選手に近づこうと、混乱に拍車がかかる。いつ事故が起きても不思議ではない状況で、前代未聞の事件が起きる。

第12ステージの登り、中継カメラを乗せたオートバイが観客に行く手を阻まれ急停止した。その直後を走っていた3人の選手は止まりきれず、これに激突。その内のひとりがフルームだった。さらに運の悪いフルームは、後ろから来たオートバイにも追突されてしまう。幸い怪我はなかったが、乗っていたバイクは破損し走行不能となった。

通常はバイク交換をするが、スペアバイクを乗せたチームカーは観客の多さから後方で立ち往生。そこでフルームは山頂へ向けて走り出した。バイクではなく、ランニングで。

https://youtu.be/eqQAeyu4G0U

レース後に救済措置がとられ、総合順位に影響はなかったものの、主催者も混乱した出来事である。

当初、パニックから走ったのでは?と思われていたフルームだが、ゴール後「立ち止まったら観客がさらに集まり、ますます混雑してしまい、チームカーが上がれなくなると思ったから走った」とコメント。実は冷静な判断であった。

この事件の2日後、フルームは自身のTwitterで「謎が解けたよ」とツイート。

事故が起きる直前の画像とポケモンGOの画像を合わせ「大勢の人たちが近づいてきてスマホを向けてくるのは、自分がポケモンの一員になっていたからだ」と投稿。王者はユーモアのセンスも一流だった。

なお、このマラソン事件がきっかけとなり、本当のマラソン大会に呼ばれたりもしている。

ブエルタ・ア・エスパーニャへの想い

2011年のブエルタ・ア・エスパーニャに、フルームはウィギンスのアシストとして出場。まだ無名選手であったが、第17ステージでグランツール区間初勝利を挙げ、これを欧州メディアは衝撃とともに伝えた。ロードレース界では顔も名前も知られていなかったフルームが、一躍脚光を浴びた瞬間である。

最終的にフルームは総合2位となり、エースとして出場したウィギンスは3位で終えた。フルームはこの結果、自らが世界有数の選手と同等に戦えることを確信。後のウィギンスと確執の火種になる。

その後もブエルタ・ア・エスパーニャに出場したが、総合優勝には届かず2位が3回という結果へ甘んじていた。しかし自分自身が選手としての自信を得た原点のブエルタへ出場を続け、6回目の挑戦で見事に制覇する。しかも同一年のツールと合わせてのダブルツール制覇という偉業だ。

日本との関わり

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