出会いに恵まれた選手生活、一丸尚伍インタビュー

転機になったフランス行き

一丸尚伍

Q:それで、本格的に自転車競技を始めたのは?

高校からです。中学2年生くらいの時に親が買ってきたツール・ド・フランスの本があったんです、それをめっちゃ見るようになってて。それで、何km走ったとか書いてあるのを「すごい!」って思って、そこから自分で練習するようになっていったんです。

Q:そこから自転車競技だけに絞り込んだのは何がきっかけだったんですか?

トライアスロンで走るのが苦手だと分かって、これじゃあ多分無理だろうと思ってやめました。水泳は好きで、トライアスロンでもスイムは結構上位でこなせてたんですけど、水泳競技で見るとそんなに速くなかったです。

それで、中学校3年生の時にエスペランススタージュっていうクラブチームのサポート制度でフランスへ3週間行って、向こうの自転車レースを走る機会に恵まれたんです。そのときにツール・ド・フランスも生で見ました。最終ステージでキャラバン隊に付いていって、シャンゼリゼまで行ったり、シャンゼリゼの観客席でレースを見たり。2006年ですね。フロイド・ランディスが総合優勝していました(のちにドーピング違反で優勝剥奪)。それを見て、「あーやっぱり自転車やりたいなあ」って心から思ったんです。それがなければ、こんなに本気でやってなかったかな。

Q:ロードレース最高峰の大会が転機になったのに、なぜトラック競技を?

中学の時から大分のレースに出ていたので、それが目に止まって大分県立日出暘谷高校に推薦で入学したんです。それで自転車部に入ったんですけど、卒業するまで全く勝てなかった。同級生に黒枝士揮(現・愛三工業レーシングチーム)と六峰亘(現・TEAM BRIDGESTONE Cycling ロードレースコーチ)がいて、黒枝は高校2年生の頃から全国大会で優勝しまくってたから・・・。

あと、ロードがやりたいから日出暘谷高校へ進学したんですが、高校生だからロードもトラックもやる。それでトラックのほうが成績が良くて・・・。

だから、今でもトラック専門というわけではないんです。ロードも走りたい。どちらかに絞ったという意識はないんです。

Q:今はイアン・メルビン(日本ナショナルチーム中距離ヘッドコーチ)の方針で海外のロードレースにも出ているよね

そうです。そのおかげもあってか、昨シーズンはワールドカップでメダルも獲れました。

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