マメな男、中野「DM全部返信した」

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実は、血を抜かれた後だった

Q:震えとか、身体的な緊張はありましたか?

震えはなかったんですが、ちょうどその当日にドーピング検査で血を採られてたんですよね(笑)レースは午後のセッションだったんですが、朝に採血しました。

血を採ること自体は良いんですけど、その後に10分間安静にしなきゃいけない。「こんな時に限って……」っていう余裕のなさはありましたね。

そんな感じで、その日の朝はドーピング検査とローラーでの練習をして、「1時間くらいなら寝て良いよ」とコーチに言われていました。緊張を忘れるためにも昼寝をしようとしたのですが……緊張で心拍が高くて、眠れないんです。ウトウトしてもハッと目が覚めて、時計を見たら10分しか寝れていなかった、とか。スッキリしない感じで1時間過ごしました。

Q:その時間はどんなことを考えていましたか?

都合の良い展開で自分が着に残るイメージとかですね。勝つこと、良いビジョンばかりを考えていました。

Q:ピットでの表情は、集中できているように見えました。

はい、集中していました。レース前には特に口を開かないし、1人で時間を有効に使いたい方です。レースの間が2時間とか3時間とか空くような時は周りの選手と喋りますけどね。

【脱線】臭い時にはすぐに教えてくれ

Q:中野選手は独特なルーティーンがあるような。コーチから何か言われませんか?

言われますね。ジェイソン(・ニブレット短距離ヘッドコーチ)は言わないのですが、アンソニー(・ペーデン 元コーチ)に「ルーティンが多い、少なくしたほうが疲れないぞ」と指摘されました。

でも、これでもめちゃめちゃ減らした方なんですよ!服を綺麗に畳んでからじゃないと部屋を出て行きたくないとか、キャリーケースの中を綺麗にしたいとかあったのですが、気にしてたらキリがないと割り切るようになりました。

Q:潔癖症な感じなんでしょうか?

ちょっとありますね。清潔感のあるものを持つのは平気ですけど、そうでないのはウッとなります。

やっぱり選手の世界だから汗とか身近ですけど、周りの人に「マジ無理!」と思う瞬間はちょいちょいあります(笑)

自分の匂いにもめちゃめちゃ気を使ってて、「臭いと思ったらすぐ教えてくれ」と周りにも言ってます。「臭い」と言われるのって、「顔がキモい」と言われるより傷つきますよね……(笑)

準々決勝:脚(体力)を溜めることができた

Q:(笑)話をレースに戻しましょう!準々決勝はアジズルハスニ・アワン(マレーシア)やジェフリー・ホーフラント(オランダ)とも同じ組でした。振り返っていかがですか?

4着上りなので、自分が動けば勝ち上がれるかなとは思っていました。あとみんな前々で動きたがる傾向があったので、もしかしたらやり合うことになるのかも、とも。そうなった時は落ち着いて仕掛けられるところから行こうと思っていました。ジェイソンからは「ホーフラントの動きは気にしろよ、アワンは位置を取って、という感じになるだろう」と言われていました。

実際のレースになると、早めに動いた人たちが前を取るためにバンバンやり合うような感じです。「これ行くところないなあ、結構包まれちゃったし」と思って、ホーフラントに頼るような形になりました。彼は脚を使っていなかったし、どこかで行くかな、と。

準々決勝 ホーフラントが3番手、中野は中央4番手

結果としてはホーフラントの動きについていき、勝ち上がった感じです。冷静ではありましたが、動いた方が良かったのかな、という反省もありました。でもそこから準決勝までのインターバルが短かったので、結果としては良かったと思います。脚への負担が少ない状態で、準決勝に挑むことができました。

「あっ俺、終わったかも」 それでも諦めなかった準決勝

Q:では次の準決勝。マシュー・リチャードソン(オーストラリア)、ジェフリー・ホーフラント、マシュー・グレーツァー(オーストラリア)、ミカイル・ヤコフレフ、ハーミッシュ・タンブル(イギリス)……強豪ひしめく一戦となりました。

ここまで来たら思い切っていくしかない、と思っていました。これで決勝に残ろうが残らなかろうが、変に守ってしまうよりちゃんとやることをやろう、と。決勝のことはあまり気にせずに走るようにしていました。

早くから動くのはタンブル。長く踏めるのはグレーツァーとホーフラント。リチャードソンは位置を取ってから仕掛けるタイプだから、長く動くタイプの選手(前の3人)を気にしながら、自分の動きを考えろと言われていました。

実際のレースでは自分の動けるところから動いたのですが、タイミングが悪かったのかかかりが悪かったのか、「出きれたかな?」と思ったところでリチャードソンに内から合わせられちゃいました。そこでは「あっ俺、終わったかも」と思いましたね。

先頭争いで、内からリチャードンソンに合わされた中野

でも最後まで全力で行ったところ、3着までに残ることができました。ギリギリセーフでしたけれど、ちょっとミスったら終わっていましたね。

Q:中野選手は一旦最後尾まで下がるような動きをたびたびしますが、一番後ろって、ご自身としては不安にならないものなんでしょうか?

最後尾には、できれば下がりたくないんです。でもそこは自分の下手な部分で、みんなが前に動くのであれよあれよと……

決勝戦でもそうだったのですが、最初は2番目だったけど後ろの2人が勢いよく来て、もう4番手。かと思ったらラブレイセンも行っちゃったからもう5番手で、残り2周半のタイミングをその位置で迎えてしまいました。できればああいうポジションにはなりたくないのですが、流れの速さに対応できていなかったのかなと思います。

Q:全体として、ペーサーが離脱する残り3周から、選手たちがガンガン前に出ていたように思います。これがこれからの潮流なのでしょうか?

たぶんそうだと思います。リチャードソンも後ろで位置を取る選手で、誰かが来たら行くような選手。ジャック・カーリン(イギリス)やアワン(マレーシア)もそういうタイプですね。みんな早く動くし、ペースが最初から速いです。

Q:でもそれは、中野選手にとってはチャンスでは?

そうですね。ギアがかかってる分、周りがスピードを上げてくれた方がチャンスがあります。

メダル メダル!メダル!!!運命の決勝戦

Q:決勝は仰ってたように、2周半の時点で5番手に下がってしまっていましたが、ラブレイセン(オランダ)についていこうとしていたんでしょうか?そういう動きのように見えたのですが。

はい。ラブレイセンが行った時に、最後尾だったケビン・キンテロ(コロンビア)がついていかなかったので「飛びつける」と思いました。ただ、その前もめちゃくちゃ踏んでて、とてもスピードが上がっていたので「無理だな、一旦落ち着こう」と思ってやめたんです。

ラブレイセン(写真左のオレンジジャージ)が仕掛けるところ

やっぱりラブレイセンが来るとみんなペース上げちゃいますもんね。ラブレイセンが前に出てからも「え、こんな速いの?」と思いました。

Q:やっぱりそのスピードは、体力的にもキツい?

それが、あまりキツくなかったんです。「お〜脚溜まってる、でも速いな〜」と思っていて、気づいたら残り1周の鐘が鳴って

「あヤバい!」⇒「どうしよう行かなきゃ!」⇒「よし行くか」と思っていたら、最後尾にいたキンテロに行かれた感じです。今思えば、もうちょっと早いタイミングが仕掛けるポイントでしたね。

キンテロが仕掛けたタイミング。中野は最後尾となって、この写真では隠れたような位置となった

Q:そうやってキンテロに飛びつけていれば、銀メダルは獲得できていたかもしれませんね。

はい。それかキンテロより先に前に出ちゃうかですね。そこはなんともわからないところですが、もう少し早ければ違う展開/結果になっていたと思います。

Q:最後の展開になると、もうさすがに「メダル!メダル!メダル~!」となっていました?

なってました!バック(残り半周)くらいで「いける」⇒「どうだろ?」⇒「いける!?」ってなって、3コーナー過ぎたところから「やっべえ、獲れるかも!」と思いましたね。もうずっとメダル、メダル!、メダル!!!と思ってて、めちゃくちゃキツくなっいましたけど「おりゃ〜!」と踏みましたね。

最後の半周で前に出ていくところ

優勝はキンテロ(青ジャージ)、中野は2着、3着を争い、大外から踏み上げた

最後は「ラブレイセンを差した気がする」⇒「どうだろ?もう俺キツすぎてヤバい」⇒「キンテロめちゃくちゃ前にいた」「獲れてて欲しいな、めちゃくちゃ頑張ったのにこれで獲れてなかったら嫌だな」と思っていたら、電光掲示板の3番のところに自分の名前がありました。

おそらく電光掲示板を見たであろう瞬間

電光掲示板で名前を確認してはいるんですけど、もう興奮してるし、わけわかんなくなってるんですよね。「獲れたんじゃね?」となっていたところで、チームスタッフが拍手しながら近づいてきて「やべえ、まじで獲った!」と確信しました。

パリへは「俺が出場する」のマインドで

Q:銅メダルを獲得したことで、オリンピック日本代表候補として他のメンバーにリードを取った形となりました。でもまだ気は抜けない、というところでしょうか?

まだまだ気は抜けません。でも選ばれるのかな、どうなのかなという気持ちでいると他人の目も気になってしまうし、練習が伸びなくなってしまいますので、「俺が出場する」というマインドで練習していきたいです。

Q:今回の世界選手権ではケイリンのみの出場でしたが、これからもスプリントは無しでケイリンに注力する感じでしょうか?

どうなんでしょう。そこはコーチの意向ですが分かりません。正直ケイリンの方が得意ですし、スプリントにはちょっと苦手意識があります。自分としてはケイリンでパリのメダルを狙っていきたい気持ちです。

Q:改めて、メダル獲得の感想と、これからについて聞かせてください。

表彰台に立ったときは「これが世界選手権の表彰台なんだ」と感じました。ずっと外から見ていた景色でしたし「どういう感情でそこに立つのだろう、あそこからはどう見えているのだろう」とずっと思っていました。憧れの場所に立っていること、その事実に嬉しさがありましたね。

そしてやっぱり「真ん中、一番高いところに立ちたいよな」とも改めて思いました。隣で手渡されるアルカンシェル(※世界チャンピオンの虹色ジャージ)を見ながら「やっぱりこれを獲りたい」と。

これからもまだ、パリオリンピックまでにネーションズカップとアジア選手権が残っています。アジア選手権では金メダルを獲ることが最低条件になると思いますので、まずはそこをしっかりと狙います。

ネーションズカップは、オリンピックにつながる最後のレース。大会の規模としても選手の仕上がり具合としても、オリンピック前ラストとなる大きな大会だと思います。その舞台で積極的なレースをしてメダルを獲得したいです。結果だけでなく内容にもこだわりたいと思います。

22のアルカンシェル、22の世界チャンピオン『2023世界選手権トラック』全メダリストまとめ

初出場、初のメダル獲得。世界選手権を経験し、パリオリンピックという大舞台へと近づいた中野慎詞。

24歳の若手はこれからどこまで進化していくのか。

世界の頂上を目指し、残る1年を駆け抜けていく中野にこれからも期待したい。