【後編】吹っ切れて迷い無し「やるしかない」雨谷一樹選手インタビュー

JPC(雨谷一樹/河端朋之/脇本雄太)

前編では雨谷一樹選手の半生を振り返ったが、後編では東京オリンピックを目指す今現在の心境。ブノワ体制後の変化について。

【前編】小学校の卒業文集に記した「競輪選手になりたい」雨谷一樹選手の半生

チームスプリント1走という選択

お前はスタンディングが速い

チームスプリントなら2走、3走という選択肢もありますが、なぜ1走になったのですか?

高校生の時は2走をやってました。インターハイとか大きい大会でも全部2走でしたが、ジュニア時代の合宿で、その時にエリートのコーチだったマニェが「お前はスタンディングスタートが速い」って認めてくれて。ジュニアなのに、エリートの人たちとチームスプリントで組ませてもらう様になり、それから1走になりましたね。

WCCへの誘い

当時マニェにWCC(スイスにあるUCI直轄のトレーニング施設)に来ないか?と誘われたのに、それを蹴っちゃったんですよ。作新の同級生にライバルってか切磋琢磨していた人が何人かいて、その子たちみんな競輪選手になると。それで自分も競輪選手になりたかったから競輪学校を選びました。

でも、今考えると絶対にWCCへ行った方が良かったと思うんですよ。そこは本当に後悔してますね。そんなチャンスは無いから。そこで行っておけば、もっと今よりスタンディングが早くなってたのかな、と思うし。皆より競輪のデビューは遅れるけど、その時にしかできない経験や、語学を含めたコミュニケーションだったり、そういうのが勿体無かったです。

逆に今の年齢だと、WCC行くか?と言われても考えますね。ブノワコーチ、ジェイソンアシスタントコーチもいるし。

雨谷一樹

ジェイソンコーチと

本番の方が良いタイムが出る

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