「存在を消すのが私の仕事」
Q:これまでで一番大変だったことは?
世界選手権2020では、嬉しい時もあれば泣いてしまう時もありました。
ブノワコーチは基本的に、選手へ励ましの言葉を与えます。ただ、時には逆の場合もあります。そのような時には心が痛いですね。傷口に塩を塗る時・・・・・辛いです。自分なら絶対に使わない言葉を使う時もあります。
でも通訳という仕事上、自分を”消して”、伝えることに徹しなければなりません。ですから仕事の間は「私の存在はここに無い」と思っています。自分がどう思おうが、コーチや選手の言ったことを通訳するのが仕事ですから、自分の感情を表に出さないようにする。そういったことは大変です。
Q:ストレスが溜まったら?
山に行きますね(笑)地球の力を感じに行きます。そうすることで全て洗い流すことが出来ます。伊豆にいる時は、夜には自分の時間があり、ストレスをコントロールするのは難しくありません。
ですが大会時は”自分”を消す1、2週間を過ごすことになります。会場ではもちろんのこと、ホテルでも常に待機です。コーチがLINEで送った言葉を翻訳するなどの仕事があって・・・何か起きた時には呼び出されますので、24時間スタンバイ状態です。
大会時には、ホテルの部屋でヨガをして、倒立の練習をしたらすっきりします。う~ん・・・変な人ですかね(笑)?
「全て」見てきた、その末の瞬間
Q:このような仕事だと、選手の背景、普段人が目にしない部分をたくさん見るかと思います。選手が勝った時などの喜びもひときわ大きいのでは?
もちろんその通りです。困難を乗り越え、進んで行く選手たちを尊敬しています。選手の誰もが、様々なことを犠牲にして大会に出場しており、私はそこに至る背景を知っています。だからレースを走る前、選手たちがその場に立てていることに”うるっ”となってしまいます。
そしてメダルを獲得し、表彰台に乗っている時。成績そのものももちろん嬉しいですが、苦労した時間、ぶつかった壁、痛みを抱える姿、そして解決法を見つけた時、強くなった瞬間・・・これまでずっと見てきた選手の物語も目の前に浮かんできます。そのプロセスが、メダルよりも強く輝いて見えます。泣かされますね。
裏の見所、もうひとつの東京オリンピック
Q:HPCJCのトレーニングの一貫として実施したオリンピックシミュレーションの際、アリスさんは常にチームピットにいました。オリンピックの際は、アリスさんが短距離・中長距離両方の通訳を行うのでしょうか?
そうです。人数制限の関係で、オリンピックの際には私が短距離・中長距離両方の通訳を行う予定です。ですから、それに向けた準備もしていかなければなりません。
短距離で勉強してきた言葉や知識は、中長距離でも使えると思います。また中長距離の代表に内定している選手達は英語能力が高く、普段コーチと英語でコミュニケーションを取っていると聞いていますから、私も努力すれば両立できるでしょう。
Q:オリンピックが開催された時の裏の見所は、アリスさんがあたふたしていないかどうか、ですね(笑)?
そうかもしれません(笑)でも普段よりは選手が少ないので、その点は楽観的です。ただ1人で短距離も中長距離も担当するので、何かやらなければならないことがあり、そのタイミングが短距離と中長距離で重なっていた場合が不安です。
例えばオムニアムで1種目が終わり、その振り返りをクレイグコーチと選手とで行いたいが、ケイリンが始まる・・・といった状況です。その場合に体をどうやって2つに割くか・・・冗談です(笑)。
とはいえ、そういうことが起こりえるタイムスケジュールなのは事実。だから不安です。また選手にジャージを着せる(1人では着ることが困難な設計)、飲み物を用意するなど、通訳以外にもやることはたくさんあります。今後はその辺りのシミュレーションも必要になってくるでしょう。
幸いなことに、選手が発走する前に全てを用意してくれるマッサーの中山大先生(メディカルチームの中山真臣氏のこと)も共にピットにいるので、安心して仕事ができるとは思っています。この点は、本当に助かります。
Q:オリンピックとは、スタッフの戦いでもあるのですね。
きちんと選手たちが戦える環境を作らないと、終わりですから。他の国も同じですが、とても責任のある大事な仕事だと思います。
Q:オリンピックが終わったら裏話を聞かなければいけませんね(笑)
オリンピック会場にはコーチを含め、スタッフは最大5人しか入れない予定です。人数が少ない中、いかに滞りなく進めるか・・・そのあたりが焦点になると思います。ですから当日は、1日中緊張しているんでしょうね(笑)
選手たちに必要なことは全てサポートし、物事に柔軟に対応し、闘争心マックスで戦えるようにしたいです!
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