自転車トラック競技日本ナショナルチームを支え、かつ次世代選手の育成にも力を入れるために日本自転車競技連盟が立ち上げたHPCJC(High Performance Center of Japan Cycling、以下「HPCJC」)。コーチ、メカニック、ドクター、トレーナー、科学分析班といった様々なスタッフが揃っており、選手を多角的な視点から分析し、支え、さらなる高みへと引き上げるためのプロフェッショナル集団だ。

前編では選手たちを支える仕事の内容、HPCJCが出来てからの環境面の改善、そしてハードな大会時の模様をお伝えしてきた。後編では東京オリンピック前の最後の世界選手権での緊迫の様子、そして森チーフメカニックと齊藤アシスタントメカニックの経歴に迫る。

【前編】機材スポーツを最高峰で支える、チームメカニックの仕事/トラックナショナルチーム HPCJC メカニックスタッフ・インタビュー

世界選手権でのメカニックの仕事

Q:2020年2月末から3月初旬に行われた世界選手権では、オリンピック前の最後の世界選手権ということもあり、相当な緊張感を持って仕事を行っていたのだろうなと思いますが。

齊藤:ブノワ(・ベトゥ短距離ヘッドコーチ)やクレイグ(・グリフィン中長距離ヘッドコーチ)の要求も、今までより高度なものでした。そして万全を期すためにタイヤ管理としてブリヂストンさんに来ていただいたりしていました。梶原(悠未)選手が転んだ時は焦りましたね。リタイアにならなくて本当に良かったです。

大会に行くと、毎回現地で重量チェックなどを行い、競技規定をクリアしていることをコーチに伝え、スタート前のバイクチェックに持っていきます。きちんと事前のチェックができていないと大変なことも起こります。例えば、以前あるチームの選手がレースのスタート前に様々なチームに「ステムを借りられないか」と聞き回っていることがありました。聞きまわっていたのは急に参加が決まった選手で、メカニックによるバイクチェックが出来ていなかったことが原因でした。こんなことも起こり得ます。

※ステム:自転車のハンドルとフレームを繋げている部品※

Q:メカニックのお仕事って、レースが始まってしまうとあとはハラハラしながら見守るという感じになると思うのですが、どのような視点でレースを見ているのでしょうか?

森:大会が大きくなれば大きくなるほど緊張はします。その辺は選手と同じかもしれないですね。メカニックの視点からいうと、中長距離種目の場合は時間経過に伴うネジの緩みなどが起こり得ますが、それ以外では負荷が一気にかかるスタート時にトラブルが起きることが多いです。特にチームスプリントではそれが顕著ですから、スタートから半周くらいは、いつも喉がカラカラになりながら見ています。半周を越えてくれれば、あと3周くらいはひとまず安心できますが・・・大前提として100%の機材を渡して送り出していますけれど、それでも万が一・・・・・ということはありますから。

齊藤:僕は主に中長距離のゲーム系種目の対応をしていますが、やっぱりレース中は緊張します。

Q:落車が発生した時の、「自転車がこのままで行けるかどうか」の判断もメカニックの仕事になりますよね?

齊藤:通常はその通りです。ただ、世界選手権の梶原選手の落車の際はクレイグ中長距離ヘッドコーチから「転んだらバイクチェンジ」の指示が事前に出ていました。

Q:それは珍しいことですか?

齊藤:普段はしていないことです。いつもなら、ダメになった部品を交換して再スタートとしていました。

森:現在の日本チームはメインの自転車と予備の自転車で、同じものを用意できています。サブの自転車に変えたとしても、メインと遜色がない。それなら転んで、もしかしたら目に見えないヒビが入っているかもしれない自転車で続行するより、完全な状態のサブの自転車に取り替えたほうが安全という判断です。

Q:それが可能かどうかはチームの経済力に左右されますよね?

森:HPCJCが設立される前は、3人の選手がいたとして、代車(予備の自転車)は1台で、場合に応じて調整して使うといった具合でした。日本からだと飛行機に乗せるので、梱包の都合もあります。今は中長距離なら必ず1人1台ずつの代車を用意できるようになりました。

強豪国は昔からこのようなことが出来ていました。財政的な余裕ももちろんですが、地の利もあると思います。ヨーロッパでの大会が多く、ヨーロッパ諸国は飛行機ではなくトラックで機材を運ぶことができますから、潤沢な機材を持ち込める。そういう利点も自転車競技ではありますね。

「この勝利の何%かは僕のもの」

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