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4浪からの競輪、スプリントの全てが面白い!高橋晋也・ナショナルBチームインタビュー

2020/09/16

高橋晋也

115期の高橋晋也は、2019年のプロ競輪選手デビューから5ヵ月後の同年10月にはS級2班に特別昇級。自転車トラック競技日本ナショナルチームにも加入し、競輪、そして競技で高みを目指している。

2024年パリオリンピックを志す、ナショナルBチームの選手を紹介するインタビューシリーズ。

スピードスケートから転身し、5回目の受験で日本競輪学校(現:競輪選手養成所)に合格。そして競技の道へと進み出した、高橋晋也選手のバックボーン、今現在、そして「これから」を伺った。

4浪を経て

Q:元々スピードスケートをやっていて、競輪に転向したと伺いました。

スピードスケートは今思えばですが、本気ではなかったなと思います。ただやっていただけで、プレッシャーも特にありませんでした。

僕は北海道出身ですが、高校卒業後に競輪選手を目指して福島に行き、そこでしばらくアマチュア時代を過ごしました。競輪学校(現:日本競輪選手養成所)に入るまで実は4年浪人しているんです。最初は適性試験で受験するつもりだったので、ウェイトトレーニングばかりを行っていました。

※「適性試験」は自転車競技経験のない受験者のための試験方法で、自転車に必要な身体能力を求められる。「技能試験」は実際に自転車に乗ってタイム測定などを行う、自転車競技経験者向けの試験。

3回適性試験で落ちて、技能試験を受けるために自転車での練習を始め、競輪選手の方に混じって練習をさせてもらっていました。2回目の技能試験で合格です。心が折れかけましたが、親や兄弟の支えで続けられました。

競輪学校に入ってから、HPD(ハイパフォーマンスディビジョン)に入ることになって、競技に目を向けるようになったという感じです。

Q:競輪選手になることについて、ご家族はどんな反応だったんですか?

競輪に興味がある家族というわけではありませんでしたが、僕が「競輪選手になりたい」と話したら応援してくれました。

父は僕が「競輪選手になりたい」と言い出したので、それから競輪を調べ始めたんだと思うんですが、今では結構詳しいです。でも母は「応援はするけど怪我がつきもので危ないから、本音ではやめてほしい」と言っていますね。

GP、オリンピック両方での優勝

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