後は任せるから

2018世界選手権

しかし前田佳代乃は20年間という長い時間を自転車競技者として過ごし、それを断つというのはどの様な感覚なのか?生活の大半を占めるものが無くなり、喪失感に襲われないのだろうか?笑っていいともが無いお昼休みの様ではないか・・・等と、その心境の理解へ整理が追いつかない筆者へ、話を聞いていたチェレステカフェの店長が「長年務めていた会社を辞めるだけ、みたいなモノじゃないですか?」と答えをくれた。

前田佳代乃にとっての引退は、長年務めた会社を辞め、初めて転職を行うだけの事なのだ。それまで自らが築き上げてきたモノを資産に、新しい分野でそれらを活かしながら、一層に輝く為の、ただの通過点なのだ。

「自転車競技を引退しようと思えた理由の一つが、自転車競技を通し、一人の人間として他でもやっていけるだけの十分な自信を持つことが来たからですよ」
長年、日本の自転車競技界を牽引し、そのトップを走り続けてきたからこその言葉だ。全日本選手権のスプリント決勝、勝利を決めた瞬間、前田佳代乃は小さく、しかし力強く何度もガッツポーズをしていた。競技者として最後に手にしたのは、これから先の長い人生を力強く歩むための大きな自信だったのだ。

レース後、クールダウンをする中で太田りゆが前田佳代乃へ近寄り、短く言葉を交わされた言葉の中で、前田佳代乃が伝えたのは「後は任せるから頑張って」だ。“後は任せるから”今回の食事をしながらのお喋りに近いインタビューを通し、この言葉が持つ重みが立体的に見えてきた。

この言葉は決して軽くない。前田佳代乃もまた、沢山のモノを先達から与えられてきた。それをまた、小林優香と太田りゆに受け継ぐバトンであったのだ。

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Text : Shutaro Mochizuki