2024年『世界選手権トラック』のスクラッチを制し、世界一の証であるアルカンシェルを手にした窪木一茂。2025シーズンもそのエネルギーは止まることを知らず、『ツアー・オブ・ジャパン』や『ジャパントラックカップ』からの『JICFインターナショナルトラックカップ』など、殺人的ともいえるスケジュールで大会に出場し続けてきた。

2025年で36歳、第一線で活躍し続けるナショナルチームの最長老は「若手の台頭や全日本選手権トラックの結果に一喜一憂する気はない」と語る。

酸いも甘いもを経験した窪木一茂のインタビュー。これを読んで8月22日からの全日本選手権に向かう窪木一茂を知ってもらいたい。

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限界?気のせいだよ!

Q:特に5月から6月にかけて、ロード/トラックを問わず非常に多くのレースに出場されてきましたが、疲れはありませんか?

さすがに出すぎましたね(笑)。気持ちは大丈夫だと思っていたけれど、身体がついてこなかったですね。その点は反省です。

Q:自分の身体との付き合い方を考える必要があると感じていますか?

そうですね。変えなきゃなと思いました。

Q:一方で、諦めない力というか、年齢を重ねながらも強くなって結果を出し続けています。年齢や競技こそ違いますが、サッカーの三浦知良選手のようなレジェンド的存在となることも視野にあるでしょうか?

競輪の世界では自分よりも年上の方も多いですし、年齢のことはあまり考えていません。そう思わない自分がいるし、思いたくない自分もいる。限界は、気のせいだとしか思っていないです。

佐藤慎太郎, サマーナイトフェスティバル(G2), 函館競輪場

限界? 気のせいだよ!(地元福島の大先輩、佐藤慎太郎選手)

Q:“佐藤慎太郎精神”が良い効果を生んでいるってことですね(笑)

でも、小学校ではサッカーをやっていましたし、三浦知良さんは憧れの存在でしたけどね。名前が一茂なので、母が僕の下着とかに“カズ”と書いていましたし(笑)。あとは、長嶋茂雄さんも好きです。

Q:急な話題ですね。

僕のお父さんの名前が茂で、おじいちゃんが富雄なんですよ。あわせると“茂雄”になる。さらに、僕も(長嶋茂雄の息子と同名の)一茂っていう名前ですし(笑)。小学校の頃、出席番号が長嶋茂雄さんの背番号と同じ3番だった、ということもあります。

Q:五十音順の出席番号ですか? “くぼき”で3番って珍しいですね。

全校生徒27人の学校だったので(笑)。少数精鋭でした。

Q:そんな小さい町だったんですね。じゃあ、世界チャンピオンになって凱旋した時はすごい騒ぎだったのでは?

取材もしていただきましたし、すっごく喜んでもらいました。

オリンピックという明確な目標

Q:地元のヒーローともなり迎えた2025年は、7年在籍したチームブリヂストンサイクリングから愛三レーシングチームへの移籍もありました。環境が変わって、いかがですか?

練習にもしっかりと時間を使えていますし、リフレッシュできています。ただ、たとえばレーサーパンツやヘルメットが違ったり、自転車のポジションが出せなかったり、多少影響はあります。だからオリンピック直前でなく、この時期に移籍ができて良かったなと思っています。2028年に向けて、年々調子は上がってくると思います。

Q:やはり、オリンピックというのは明確な目標としてあるわけですね。

はい。やり続けると決めたからにはパリの時よりも強くなりたい。周りのメンバーをサポートできる強さも必要だなと感じています。メダルを目指す強いメンバーの一員になりたいなと思っています。

目の前のタイムに一喜一憂している暇はない

Q:その中で、若手も着々と出てきている印象を受けますが、特に気になっている選手はいますか?

ナショナルチームではないですけれど、岡本勝哉選手はスタートも速く、強い選手です。あとは、梅澤幹太選手もクレバーな走りをしますね。国内のレースも、簡単に勝てるようなレベルではなくなってきていることは実感しています。

Q:窪木選手の立場としては、そういった選手が出てくることは喜ばしいことなのでしょうか?

もちろん喜ばしいことではあります。でも、若手に対してライバル心を持つかというと、今はそうではないです。自分の目標は、オリンピックで結果を出すこと。そのために日々の練習に取り組んでいるので、目の前のタイムや結果に一喜一憂している暇はないと思っています。

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