「32年間のキャリアで最も良い経験」

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コロナ禍の困難

Q:自国開催のオリンピック、異なる文化、コロナ禍と様々なことがありましたね。コーチとしての成長は得られましたか?

はい。言語の違う国でコーチを務めるのは初めての経験でしたし、どのように物事を解釈し順応していくかが私にとって新たな挑戦でした。

そして、2年もやりたいことを制限されていた期間が続きましたし、新型コロナウイルスによる影響は大きな困難の1つでした。

東京オリンピックの開催に関して未定となっていた期間も続いていましたし、1年後への延期が決まってもチームの全員が集まることが出来ないこともありました。

東京2020のメダル獲得に向け、コーチとして12ヶ月間の猶予が与えられましたが、当たり前のことが出来なかったのでとても大変でした。それに私自身は、家族のいるアメリカに帰ることもできなかったですし。

そうした状況下で私たちに求められたのは、限られた環境で最大限の成果が出せるように試行錯誤したり、選手を不安にさせることなく、高いモチベーションを維持させることでした。

選手たちはいつだって高いモチベーションを持っていましたが、通常時とは異なるトレーニングや日程をこなす上で、何を行い、どんな成果を積み上げていくか、それらを明確に理解してもらう必要がありましたね。

2020年2月末に世界選手権(ベルリン)を終え、私は一旦アメリカの家族のもとへ帰省したのですが、その直後に国際線が制限され、結局長い間、日本に帰ってこれませんでした。オリンピックに向けたコーチングもできませんでしたし、開催されるのかも不明だったので、とても不安の積もる期間でした。

どうしようもない状況の中、日本にいるスタッフを頼るしか選択肢はありませんでした。コーチではないスタッフの方々です。選手とそのスタッフにトレーニング内容を説明して実行してもらったのです。パフォーマンスアナリストの橋本直さんには、2輪免許を取ってもらい、モーターペーシングの練習もお願いしました。同じ場所にいれない状況でも、オリンピックに向けて全員が一丸となって励めたことは私の誇りです。

“欲しいもの”と”必要なもの”は違う

Q:3年半前にコーチに就任してから、日本チームも変化してきたと思います。リソースの観点では、日本チームにはまだ不足している面があると思いますか?

リソースに関しては私以外のコーチ、もしくはアメリカやオーストラリアなどのコーチに聞いても、「十分ではない。特に資金がもっと欲しい」と答えるでしょう。

しかし個人的には、”欲しいもの”と”必要なもの”は違うと思っています。私の考えですが、機材やサポートスタッフなど、私たちは必要なものをほとんど有していたと思います。今ではメカニックからメディカルスタッフ、ボディメンテナンスやスポーツサイエンススタッフがいますし、日常的に使用できるベロドロームもあります。日々のトレーニングを行うにために必要なリソースを有していました。

もし加えられるものがあるとしたら、中長距離のアシスタントコーチと、短距離・中長距離の両チームをサポートする生理学者(Physiologist)でしょうか。トレーニングを管理できる人材が欲しいですね。しかし、お伝えしたように必要なリソースは持っていたと思います。

UCIトラックチームという存在

そしてチームブリヂストンサイクリング(以下BS)のように、単なるスポンサーではなくパートナーとして共に戦ってくれる存在がいたことも恵まれていたと思います。BSは選手たちにバイクや居住施設を提供していますが、出場する大会の日程を組む際なども力を貸してくれました。

ナショナルチーム(中長距離)にはBS所属の選手がたくさんいます。日々のトレーニングに加え、合宿や大会の日程などを調整する際、我々の意向を尊重してくれました。これは世界的に見ても稀で、とても重要なことでした。

チーム楽天Kドリームスについても同じことが言えます。共に戦ってくれるUCIトラックチームを2つも持つことができ、特にUCIポイントを積み上げていく上では、非常に恵まれた環境だったと思いますし、これからもそうした環境を持てることは幸運なことだと思います。

これは当たり前のことではないんです。特に男子中長距離では、ほとんどの選手がBSに所属しています。スポンサーではなくパートナーと呼べる関係にありました。

東京オリンピックでのメダル獲得

Q:東京オリンピックでは中長距離の梶原悠未選手が銀メダルを獲得しました。コーチキャリアの中で自身が関わる開催国の選手として、メダルを獲ったのは初めてのことですか?

はい。共に目標を成し遂げられたことは特別な経験となりました。金メダルではないかもしれませんが、自国のベロドロームで自国のファンの前で手にしたメダルです。

想像以上のプレッシャーが悠未には掛かっていました。特に世界チャンピオンという立場でもあった大会です。しかし悠未だけではなく、プレッシャーを抱えていたのはスタッフも同様です。彼女のメダル獲得には多くの期待が集まっていました。

なのでメダルを獲得できてとてもホッとしました。大会終了後のチーム集合写真に写っている私を見れば、そのホッとしている様子が伝わると思います。

Q:クレイグコーチもプレッシャーを感じていたんですね。

もちろんです。ですが最も重要なことは選手たちや日本チームが成功を掴むことですから、常に冷静でいようと心掛けていました。

優勝やメダル獲得だけが「成功」ではない

Q:東京オリンピックがあなたのコーチ人生のハイライトだったと言えるのでしょうか?

どうでしょう。そうとも言えるかもしれません。オリンピックの会場では、選手たちが素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。私はその選手たちと一緒にいただけです。

重要なのは、オリンピックや世界選手権での結果だけではないのです。

金メダル獲得とはなりませんでしたが、出場した選手たちは力を大いに発揮しました。発揮したパフォーマンス、経験した瞬間は、成功と呼ぶにふさわしいものだと思います。オリンピックや世界・大陸選手権で勝つことだけでなく、そうしたことも選手個人個人の成功体験だと言えるのです。

まだ前進している途中

Q:日本ナショナルチームのコーチとして、そういった瞬間を他にも見ることが出来ましたか?

はい。全選手が素晴らしいパフォーマンスを実戦で発揮したり、自己ベストを出しました。そうしたことの積み重ねが私にとっての充実感に繋がったのです。またその積み重ねがチームを勢い付けたり、チームに活力を与えるのだと思います。

大小様々な成功体験を経験することで、これからもチームの勢いは加速していくと思います。

良い雰囲気をチームとして作れたと思いますし、誰一人弱くなった選手はいないと思います。もちろん結果が振るわない時期もありましたが、中長距離だけでなく短距離チームも含め、チーム全体で良い雰囲気を作ることが出来ました。そして素晴らしいパフォーマンスの後には、また別の選手が追うように素晴らしい走りを見せてくれました。成し遂げてきたこを振り返ると、このチームにいれたことを嬉しく思います。

しかしまだ成し遂げていないことを考えると、チームを離れるにあたって残念な気持ちもあります。このチームはまだ前進している途中なのですから……。表彰台を目指し全選手が前を向いていますし、今後もさらに成長していくことを願っています。

今後のキャリア

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