新たに日本の中長距離を導く存在となったダニエル・ギジガー中長距離ヘッドコーチ。スイスで一度はコーチ業を引退したものの、人生最後の挑戦として日本で指導を行いパリでの栄光を目指す。

ダニエル・ギジガー

ダニエル・ギジガーコーチはどんな人物なのか?そして東京2020オリンピックを戦ったクレイグ・グリフィンヘッドコーチから受け継いだこととは?

新コーチの素顔に迫るインタビューを実施した。

ギジガー氏のプロフィールはこちらから▼

中長距離チームに新コーチが就任 ダニエル・ギジガー氏/自転車トラック競技日本ナショナルチーム

万全な引き継ぎを経て

Q:まだ日本に来て間もないと思いますが、ここまでいかがでしょうか?

あまり日本を知っているわけではありませんが、以前、35年ほど前に日本に家族と来たことがあります。そして再来日の時は『東京2020オリンピック』、スイスのコーチとして来ました。

スイスとは異なる国ですが、似ている部分も多いと思います。日本は綺麗ですし、リスペクトを感じますし、文化的にとても好きな国です。まだ来日して間もないですが、既に良いところをたくさん発見しましたし、更に文化を理解していこうと思っています。

Q:クレイグ・グリフィン前コーチからの引き継ぎはどうでしたか?

クレイグ・グリフィン前コーチ

クレイグコーチからは様々なことを聞きました。疑問に思っていたことには全て答えてくれましたし、時間は短かったですが、彼からは多くのことを学びました。選手のこと、組織として目指していることなどです。

彼は彼の家族のため、彼の国のために日本を離れるという選択せざるを得なかったことは残念ですが、家族がいる国(アメリカ)で大きな仕事が待っています。クレイグコーチが築いてきた功績は計り知れません。クレイグコーチがこれまで行ってきたことを出来る限り引き継いでいきたいと思います。

ジョークかと思いました(笑)

Q:元々ブノワ(・ベトゥ)テクニカルディレクター(以降ブノワTDと記載)と知り合いとのことでしたが?

ブノワ・べトゥ テクニカルディレクター

知り合いではありましたが、一緒に働いたことはありませんでした。ブノワとは昔から共に働きたいと思っていましたが、これまでは叶わずでしたね。

過去に一度、スイスのスプリントコーチとしてブノワに仕事のオファーしたこともありましたが、様々な背景があり、ブノワはロシア、中国、そして日本へとキャリアを求めました。日本に来てからは、逆に私がオファーをいただいたこともありましたが、スイスでのコーチングもあり、オファーを受けるわけにはいきませんでした。

東京オリンピック後に私は一度コーチ業から退きましたが、クレイグの件もあり、ブノワのため、日本のために人生最後の仕事にしようと思って、この国に来ました。

Q:引退後に日本からオファーが来たことは驚きでしたか?

もちろん驚きでしたし、最初はジョークかと思いました(笑)

ただ、大きな挑戦になるし、ワクワクすることでもありました。オファーをくれたのはブノワだったのですが、私にはスイスに家族もいるし、難しいと思っていました。

しかし驚いたことに、私の妻が日本で住むことに興味を示したんです。それでブノワと話し、ブノワが私を信頼してくれていること、サポートを約束してくれることを確認してオファーを受けることに決めました。

妻は私よりも、この仕事に前向きでしたね(笑)

これはおそらく運命

Q:日本の選手たちと触れ合ってみての、ここまでの感想はどうでしょう?

若い選手たちが礼儀正しいことに、まずは驚いています。スイスで感じることできないですね。文化的に様々な理由があると思いますが、安全なことも嬉しい点の一つですね。

Q:コーチとしてのキャリアで欧州の外での挑戦は初めてになりますか?

いえ。ニューカレドニアで12年間コーチをしていたことがあるんですよ。まあニューカレドニアを欧州の外と呼ぶかどうかは別ですが(笑)その間にオーストラリアやニュージーランドにレースに行ったこともありますね。

Q:ブノワさんもニューカレドニアで働いていたそうですが、ギジガーさんとブノワさんはニューカレドニアで知り合ったということでしょうか?

ニューカレドニアで行われていたミーティングで出会いましたね。でも私がニューカレドニアを離れてから、ブノワさんが私の仕事を引き継ぐ形でニューカレドニアに来たのです。入れ替わりでした。

Q:運命などないかもしれませんが、今回の就任は運命を感じますか?

おそらくそうなのだと思います。

「泣かなくても大丈夫」と伝えた

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