チェコで最高の選手が、全てを失った瞬間

Q:では、バベク選手が自転車選手になった経緯、家族構成などについて教えてください。

14歳までは特に何かのスポーツに打ち込む、という事はありませんでした。しかしある日、学校で生物のテストがあったんです。その同じ日に自転車のレースも街で開催されていたので、友達と「生物のテストから逃げるために自転車レースに参加しよう!」って。生物が苦手でね。それが自転車選手になったきっかけです。
初めての自転車レースはロードのレースで、何人参加していたか覚えていませんが、結果はよくなく、7位とか8位とかだったかな?ただ、そこに「未来の才能発掘プロジェクト」的な担当の人がいて、「本気でやってみない?」って誘われて、トレーニングに参加する事になったんです。
その翌日にはベロドロームへ連れていかれて、初めてトラック競技場を見たんです。「うーん。これは斜面が急すぎるので危ないなあ」と思ったんですが、とりあえず乗ってみたら、意外にイケちゃったんですよ。
1ヶ月練習したらジュニアのチェコ国内大会でメダルを何個か取れちゃって、さらに国際大会でも結果を出せちゃって…そこからは本気で自転車のトラック競技をやっていこう!とを決意しました。

ただ、運がなかったのか、国際大会ではいつも4、5、6位なんです。表彰台を逃してばっかり。更に21か22歳の時に、交差点を歩いていたらクルマに轢かれて瀕死の重傷を負っちゃって(笑)

大腿骨の骨折、下顎の骨折、歯も何本か抜けて、心臓も何秒か止まっていたらしいです。つまり死にかけたわけではなく、考え方によっては1回死んでますね。大きな手術をして、身体を“直した”って言える程でした。1ヶ月半くらい入院し、その間に全てを失いました。
医者には「もう君は二度とレースに出れないから」とまで言われちゃって。その時は何を言われているのか理解できなかったし、ひどく落ち込みました。

昨日まではチェコで最も優れた自転車トラック競技の短距離選手だったのに、事故に遭った瞬間から、何者でもなくなったワケですからね…。

しばらく放心状態の日々でした。顔も、脚も、全身がボコボコの状態でしたが、退院し、家に帰り、少し休んでいたら再び自転車に乗ってしまったんです。コンディションは最悪で、自分の力の30%も出せないような状態でした。普通の選手のレベルまでコンディションを戻すのに、確か2年くらいかかったかな。
コーチやスタッフの皆からは「もう引退した方が良い。とてもじゃないけど、トップレベルには戻れないよ。」と言われ、落ち込んだのも覚えています。それでも練習を続けて1年半か2年が経ち、コンディションが戻ってきたと感じました。そしてレースに復帰したのですが、そこからもまた大変な日々でした。
連盟が私をチームに加えるつもりがなかったんです。それでも諦めずに続けた結果、2013年だったかな?ヨーロッパ選手権で6位になりました。そこからは再び5位とか6位とかを得ていましたね。事故に遭う前のコンディションに戻ってきたんですよ。でもリオデジャネイロ オリンピックを目指していましたが、またチェコ代表に選ばれませんでした。正直、この時に再び気持ちが折れました。ただ「仕方ない」と気持ちを入れ替え、リオデジャネイロ オリンピック後のヨーロッパ選手権に出場したら優勝。ワールドカップ1,2戦でも優勝。3戦でも良い結果を出し、世界選手権に挑みました。そしたらね、メダルが取れちゃったんです。チェコの選手では初めて、世界選手権の1kmタイムトライアルでメダルを獲った人になったんですよ!なので、昨シーズンは自分のキャリアの中でもベストなシーズンだったと思います。

ターミネーターの様に、身体を“直して”復活

Q:まるで、ターミネーターみたいですね…。

そうですね。人によっては私のことをターミネーターって呼びますよ(笑)まだ顔にプレートが入っているので、実は空港のセキュリティチェックで引っかかったりします(笑笑笑)
だから、ここにいること自体が奇跡なんです。諦めないことは大事だと思っています。

何事も、基本的に問題が起きても「どう考えるか」だけだと思います。私の場合、右足の骨がズタズタになって、右足の力が失くなってしまった。メンタルだけの問題ではありませんが、誰もが「無理だ」と言っていたことに対し抗い始めたら、物事がうまく回り始めました。だから、何かうまくいかないことがあったり、悪いことが起きても「必ずうまくいくんだ」って思って欲しいです。そう思えば何でも良い方向へ進むのは間違いないと思ってます。なんたって私の場合、死の淵から生還してますからね。事故に遭った当時は「うまくいく」なんて考えられなかったと思いますが。今だにこの話をしていると辛いですが、事実なんですよ。

Q:この話って皆さん知ってるんですか?

チェコでは結構有名な話だと思いますが、世界では全く知られていないでしょうね。少し知っている人はいるかもしれませんが、ここまでひどいとは知らないと思います。
事故から学んだことは「信じることは大事」ってことですね。

目標は、お金じゃない。