2024年9月16日、イタリアの中長距離選手であるビットリア・ブッシが、自身のSNSで引退を表明した。
ビットリア・ブッシは2023年にUCIアワーレコードに挑戦し、前人未到の女子選手「50km越え」を達成した選手。数学者という一面も併せ持つブッシは引退表明直前に個人パシュート(3km)の世界記録更新にもチャレンジしていた。
本記事では本人コメントや個人パシュート記録への挑戦内容とともに、ヴィットリア・ブッシの引退についてお伝えしていく。
アワーレコードを2度更新
1987年3月19日生まれのイタリア女子中長距離選手。数学の博士号を取得するためオックスフォード大学に進学した20代半ばごろ、自転車競技をスタート。
主にロード、トラック競技のタイムトライアル種目を得意とし、『イタリア国内選手権トラック』や『UECヨーロッパ選手権ロード』などで表彰台を獲得してきた。
2018年には自身初となるUCIアワーレコードに挑戦。メキシコ・アグアスカリエンテスのベロドロームにて計測を実施し、「48.007km」の世界新記録を樹立。
その後2人の選手に記録を更新されたブッシは、2022年12月にアワーレコードへの再挑戦を発表。本挑戦は実施に必要な資金(一部)をクラウドファンディングで募るという異例の形でスタートし、結果的に目標額を上回る1万2000ユーロが一般人らから集まるプロジェクトとなった。
迎えた2023年10月のアワーレコード計測日、Hope製バイクを駆ったブッシは前記録を1km以上も上回る「50.267km」の世界新記録の樹立に成功。女子初となる「50km越え」を成し遂げた。
女子アワーレコード 更新歴
選手 | 国 | 記録 | 計測日 | 前記録との差 |
ビットリア・ブッシ | イタリア | 50.267km | 2023年10月13日 | 1.103km |
エレン・ファンダイク | オランダ | 49.254km | 2022年5月23日 | 0.849km |
ジョセリン・ラウデン | イギリス | 48.405km | 2021年9月30日 | 0.398km |
ビットリア・ブッシ | イタリア | 48.007km | 2018年9月13日 | 0.027km |
エヴェリン・スティーヴンス | アメリカ | 47.980km | 2016年2月27日 | 1.098km |
※2024年9月最新版からの過去5記録(参照:UCI)
個人パシュート挑戦
『パリ2024オリンピック』閉幕から数日後の8月18日、ブッシは自身のSNSで個人パシュート(3km)の計測を同年9月半ばに行うことを突如発表。目標は世界記録更新。「アワーレコード挑戦後、『これ以上最高な引退の仕方はない』と思ったんです」とコメントした。
挑戦の舞台はアワーレコードと同じメキシコ・アグアスカリエンテス。2020年にクロエ・ダイガート(アメリカ)によって打ち立てられた「3分16秒937」の世界記録に挑んだブッシだったが、結果は「3分19秒787」で惜しくも更新とはならなかった。
しかし本タイムは『2023世界選手権トラック』で銀メダルを獲得したフランチスカ・ブラウス(ドイツ)の「3分20秒101」を上回る好タイム。さらにイタリア国内記録を更新するタイムだった。
世界記録には及ばなかったものの、ナショナルレコード樹立者として名を刻むことに成功し、現役最後の挑戦に幕を降ろすこととなった。
「失敗なんてない」本人コメント
「この個人パシュートプロジェクトについて全てを語るのは難しいことですが、チームのサポートのおかげで素晴らしい機会に没頭できたということを、まず何よりもお伝えしたいです。
スタンディングスタートから数秒で時速60kmに到達するという最初は耳を疑うようなプロジェクトが、まるでゲームのように、それもアワーレコードへの挑戦からたった1週間後に動き出しました」
「本プロジェクトの準備を進めるため5月にスイス・エーグルへ引っ越しました。そしてエーグルで結婚式を挙げた数日後に計測を行ったところ、予期せぬことに個人パシュート(3km)のタイムを3分19秒から3分18秒まで縮めることができたんです。
2年に及ぶアワーレコードプロジェクトに挑戦し37歳にもなった私が、まだこんな展開を迎えられるなんて誰が予想できたでしょうか?
私は自分自身にこう言い聞かせたことがあります。『ビット、3分20秒台を切れたら(とてつもない)世界記録に挑戦するんだよ!たとえ成功しなくても、それは失敗ではなく誇りに思える挑戦になるから』と。
これまで払ってきた代償のなかには、思い出すと今でも辛いものもあるので語る気にはなりません。それらが価値あるものだったと信じるためにはもう少し時間が必要です。でも記録を上回るためのペース配分をスタート直後からできる限り維持した結果、『3分20秒』というイタリア記録を更新することができました」
「2500m地点を走っている時は、まるで自分が3度目の世界記録を更新するおとぎ話の中にいるような感覚になりました。
ちっぽけな女の子が今まで得たことのない自分とは不釣り合いなチャンスを勝ち取り、世界のトップへ登り詰めていくような感覚です。そして”ミスター乳酸”が到着し、私の足はたちまち動かなくなってしまう。
輝かしい栄光を掴むことなく、苦い味が口の中に残り、私のキャリアは終わりを告げる。いつもハッピーエンドの映画なんて少し退屈でしょ?
悔いやプライドのためではなく、勇気や痛みを受け入れる象徴として、(自分が成し遂げた)イタリア記録や2つのアワーレコードをこれからも掲げていこうと思っています。
無理かもしれないことでも、いつも自分自身を駆り立て挑戦しよう。失敗なんてありません。
チームのみんなありがとう!」