母国開催パリ五輪で打ち砕かれた心

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再起をかけた新しい挑戦

Q:では去年は自分探しというか、競技をもう一度やりたいと気づけた年だったんですね?

はい。10月の世界選手権は結果が出せず、12月くらいからコンディションが良くなってきたと思います。

今年は1月に国内選手権、2月には欧州選手権がありました。この期間については、自分の能力を上げるために最大限トレーニングできましたし、クオリティを上げることに集中できたのでとても良かったです。量ではなく、質に集中できた点が良かったです。毎日違うことを試せたことも大きかったと思います。去年から新しいコーチとトレーニングを始めた点もありますね。

Q:強化センターから出たということは、連盟のハイパフォーマンスプログラムから出てしまったということでしょうか?若い選手たちは残っていますが、その選手たちとは別であなただけ離れたのでしょうか?

パリオリンピックの後に結果が出なかったこともあり、トレーニングセンターにはいなくても良いといった感じでした。その後、いろいろ考えた中で、従来の環境から出ていくことを決めました。

それからは自分でトレーニングをしています。なのでナショナルチームの活動とは別でやっている形になります。誰かにモーターバイクをやってもらったり、ゲートを出してもらったりと、手伝ってもらっています。

これは連盟側にとっても新しい試みで、今までは1つのトレーニングセンターとして動いていました。トレーニングセンター=フランスのナショナルチームとして、つまり強化センターとナショナルチームは1つという考え方でしたが、今は強化センターは強化センター、ナショナルチームはナショナルチームとして分かれています。

コーチもセンターとナショナルチームでそれぞれにいます。例えば、キャンプに行くと違うコーチが居て、大会でも異なるコーチがいます。新しいやり方を模索している最中なので、連盟側も自分の活動を理解し、助けてくれている状態です。

例えばですが、チームスプリントには今3人のメンバーがいます。 第1走の選手はセンターで、他の人たちとトレーニングしているという形です。一方で、私のようにそのセンターから抜け出してトレーニングをする形を取った選手がいると、たまに若手が来てくれて私のトレーニングを手伝ってくれることもあります。外にいると自由度が増すため、例えば、それこそニュージーランドに行って練習するということもできるようになります。

Q:ロサンゼルスオリンピックに向けて、センターでのトレーニング体制に戻る可能性はありますか?

まだわかりません。今年1年をかけて連盟の方や、センターの方とも、そして自分のコーチともいろいろ話してみたいですね。自分が何をしたいのかをきちんと理解するためにも、いろんな人たちと話さないといけないと思います。

もしセンターを拠点にしない方が自分が強くなれそうだと思えば、センターから出たままかもしれません。今年の結果がどういった形になるのかを見て、今年の終わりにはどのようにオリンピックに準備していくのかを自分で決めたいと思っています。

Q:日本にいる間に色々と考えられるし、マインドセットとしては良さそうですね。

何ヶ月も日本に居られることは本当に良いですね。期間も5月から9月の間なので、余計なことを考えずに済むのはメリットですね。日本の競輪に出ている間、レースではとにかく全力で走ることに集中できます。なので、今回の期間中ば迷わずに1つのことをやり、その後に新しい未来が見えてくる部分があると思います。

Q:ぜひ日本での滞在が終わった後に心が決まっているかどうか、またお話を聞かせてくださいね。

もちろんです。

国際競輪で来日した7年前を振り返る

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