まるで帯広、フランスの景色

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10月18日、19日

公式練習がはじまりました。
各国のピットも出来上がり、日本ピットも出来上がってきて、大会特有のフワフワしたようなソワソワするような感じがしてきます。

公式練習では国ごとに走れる時間が分けられていますが、それでも沢山の選手が走っている中、全力で攻めていかなければならないのでめちゃめちゃ難しいです。

分かりやすく言うと、大縄跳びを高速で回しているところに自分も入る感覚ですかね。笑
「おっと!入れない。また逃した!やばい出れない!」みたいな事が起きていて、危険アンテナを張り巡らせて走ります。
スピードスケートもこれと似た現象の中トレーニングしているのですが、自転車はブレーキがついておらずブレーキもかけられないため、怖さはかなり強めです。

この2日間もハロンやチームスプリントなどの確認をしながらのトレーニングでした。

10月20日

ここからはレースです。
レースの事は書くか悩んだのですが、選手の心情もまたおもしろいのではないかと思ったので、少しですが書いていきます。
この日はチームスプリント。

チームスプリントをやるようになって、技術的な面は勿論ですが、さらに「内面的な難しさ」もあると感じています。

一走の役割は「二走三走のためにスピードをあげること」です。
スピードをあげる技術や、体力的なものは勿論大切ですが、それを最大限に引き出すのは「精神面」です。

例えるとケイリンでは、「静かな波」がうっている海から段々と荒波の海に変わる感じで、前振りの「静かな波」が存在します。
ただチームスプリントの一走の場合、この「静かな波」がありません。
全く水面が動いていない湖のような状態から、一気に津波を起こさなければなりません。

この精神的作業には得意・不得意もあると思いますが、レース本番で「自分の精神を鬼として爆発できるか」がキーとなります。

前置きが長くなりましたが、
予選1本目、2本目でその精神時な部分を改善し、若干タイムも速くなりました。
これはジェイソンに「恐る恐るスタートゲートから出てはいけない、音に集中してもっともっと100%で走れ」と助言され、自分の中の怒りや悔しさみたいな感情的な部分にわざとフォーカスして「後悔しないやり方をするんだ」と臨んだ結果です。

その予選2本目で同走だったカナダが失格となり、3本目の3・4位決定戦を走れることになりました。

これは惜しくも敗れ4位でしたが、3人共に1番いい走りができた点は良かったです。

でもやはり、予選1本目から整えて、安定させる難しさも感じました。
「1走のタイム差が全て」というのが正直なところで、ここを縮めていかない限り世界と戦うことは難しいです。しかし逆に「日本は2走3走に関してはタイムが揃っている」というのは、良い事実だと思います。

この日は会場を出たのは21時過ぎで、ホテルに着いたのは22時前でした。遅かったこともあり夕食は摂らず、おにぎりとプロテインを補給しすぐに次の日に備えました。
ですが実際にはアドレナリンであまり眠れず……

10月21日

この日はスプリントが実施されました。

午前10時に出発で、前日からのインターバルはおよそ12時間。少しハードです。
あまり眠れず朝からボーっとしてて少し嫌な雰囲気でした。
会場についてウォームアップをしてもボーっとしたままで、嫌な感じです。

スプリントは最初に200mタイムトライアル(ハロン)で順位づけします。

最後まで助走を悩んでしまったハロン。少し焦りもあり、本番ではゴール前でバテてしまう助走をしてしまい、失敗。
タイムは11”016で肩を落とすタイムでした。
最後まで上手くスピードに乗せる事が出来ずバンクの特徴も捉えられず、そういう面も課題だと感じました。

その後、対戦一回戦でも中途半端な仕掛けをしてしまい、ここで敗退。私の世界選手権は終わってしまいました。
「今の状態だと、スプリントではこの結果が妥当だ」というのが正直な気持ちです。

ハロンの力を上げること、スプリントの走り方を学ぶこと、取り組むべき課題やミスを減らすレース運び……世界選で見たものは沢山ありました。
力だけで言えば、まだまだ世界トップとの差はありますし、日々のトレーニングで限界を超えていくしかありません。
沢山の自問自答をした世界選手権でした!

この日から残り3日間は毎日レースを観て過ごしました。

レースを終えて〜お土産戦記〜

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