レース時は全員に栄養戦略を立てている

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レース時の食事情

HPCJC河村美樹・スポーツ栄養士が語るアスリートの身体作り

メディカルスタッフ3人衆

Q:全然角度が違う質問になってしまいますが、このような話を聞いてると、中長距離選手など、たくさんエネルギーを消費する種目の選手って将来糖尿病になりそうだなと思ってしまいます。

そうかもしれないですね(笑)ただ腸内環境の検査をしているので分かるのですが、中長距離選手は糖質を取り込める、エネルギーに変換しやすいタイプの選手が多いです。ロード中にジェルを摂ってもお腹を壊さないし、散々走り回ってもパクパク食べられる選手ばかりです。そういう体質の方が多いです。

Q:レース中の選手たちはバナナ、お水、スポーツドリンク(パラチノース)などを摂ってる印象です。ピットにある補食やサプリメントも河村さんが決めているのでしょうか?

今村駿介, HPCJC河村美樹・スポーツ栄養士が語るアスリートの身体作り

パラチノース注入

はい。レース時の補食にはおにぎりが多いのですが、メディカルスタッフに「この日は◯人出場するから、◯グラムで合計◯合……」と表を作って共有しています。おにぎりを作るのはメディカルスタッフなので、量は事前にお伝えしていますね。

Q:味の指定もしていたり?

味はお任せしてます(笑)でもふりかけを買ったりなどの準備はしますよ。選手によっては「この味しか食べない」とかがありますので、その対応もしてもらっていますね。

もちろん手間をかければ美味しくできますが、なるべく手間を増やさないこともレースの現場で大事なことのひとつです。そういったことにも気を配っています。

Q:おにぎりはマストとして、他に絶対に必要な補食はなんでしょう?

バナナはあったら良いですけど、現地で買えないこともあります。実際インドネシアではバナナが買えなくて、メディカルスタッフがインドネシアチームに頼んで譲ってもらったという場面がありました。

なので最近はドライフルーツの入ったクラッカーみたいなものを日本で用意しておいて、それをバナナの代わりに使ってもらったりします。どっちにしても糖質を摂れるものを用意します。

スポーツドリンクとして最近提供していただいている持続性エネルギー源パラチノースは日本から持ち込んで、スポーツドリンクの材料として使用しています。

ゆっくり吸収される特性があり、持久系スポーツに適しているので主に中長距離メンバーに使ってもらっていますが、短距離でも何回もレースのある種目、チームスプリントなどで必要となります。人によってはジェルは酸っぱいものを使って、パラチノースは甘さが砂糖の半分なので混ぜて、みたいな感じで摂取していますね。「ロード中に飲むと、結構もつ」と言っている選手もいます。何が保つのかはよくわからないですが……「エネルギーが最後までもつ」という意味だと思います。

Q:例えば、そういったサプリメントを使って料理を作ったりはできますか?

できると思います。でも甘みがどうなるか分からないので、何度か試す必要がありそうですね。爽やかなベタつかない甘みですので、加熱した時どうなるかは研究してみないと分かりません。今後そういった料理を作って投稿チャレンジをやったら面白そうですね。

中長距離の選手は「甘すぎないので飲みやすい」とよく言っています。

Q:今度、そういったメニューで「HPCJCお勧め!」みたいな感じで出しましょう!

(笑)まずは環境を考えます。

「駄菓子屋 河村」

HPCJC河村美樹・スポーツ栄養士が語るアスリートの身体作り

レースの時間ですよ!

Q:他の必需品はなんでしょう?

補食としては羊羹やお餅も用意します。短距離はチームでまとめて、という形にしていますが、中長距離はめちゃめちゃ食べますから、各自に持たせています。大会出発前に「つめつめ大会」と称して、補食食類を各自で詰めてもらっています。

Q:駄菓子店みたいになってるんですね。

その通りです(笑)こちらが言わなくてもおにぎりくらいは各自で用意してくれるのですが、海外レース時はそれも難しい。そういう部分をチームとして補っています。

また「甘いものを食べなくとも、甘みを口に含むだけでパフォーマンスが上がる」ということが最近わかってきています。マウスリンスと言われていますが、甘い飲み物を飲み込まずに、口に含んでくちゅくちゅとして、吐き出すだけでも良いんです。

用意した物を「このタイミングで、これとかこれみたいなものを食べなさい」という形で栄養戦略を作っています。

Q:実際に選手たちはどれくらい実行できているのでしょう?

去年や一昨年(2021〜2022)くらいは、やり初めでしたので指示通り忠実にやってくれる選手が多かったと思います。そこから話し合って「ここはこうしよう」とすり合わせができているので、今は選手各自で判断できている感じです。身についてきましたね。

HPCJC河村美樹・スポーツ栄養士が語るアスリートの身体作り

若手の垣田真穂選手と補食について話す河村氏

Q:選手との二人三脚の賜物ですね!

彼らのポテンシャルじゃないでしょうか。やる気がなかったらできませんからね。

Q:でも毎大会、全選手……トラックだと20人程度いますから、大変ではありませんか?

トラック競技は選手も種目数が多いから、それも加味しなくてはいけません。今回の世界選手権みたいに1種目が数日に分割されると大変です。

リカバリー最優先

Q:では、ここまでは大会時のことをお聞きしましたが、普段の食生活についてはどんなことを指導していますか?

「リカバリーを十分にすること」に気をつけてもらっています。動く前のことも大切ですが、どちらかというと日々のリカバリーをしっかりして、次のトレーニングの質を良くしてもらいたいと思っています。

食の面で言えば、使ったエネルギーをしっかり補給するために糖質を摂ることが大切です。短距離選手は日によってはそこまでエネルギーを消費しませんが、糖質とタンパク質を合わせて摂取した方が良いとか、そういったことは指導しています。そして、できるだけトレーニング後すぐに摂取することが大事です。

Q:よく筋トレ界隈では「トレーニング後30分以内にプロテインを」とか言いますが、それは河村さんの考えとして合っていますか?

30分以内という根拠は、今はちょっと薄れています。でも「できるだけ早く」というのは本当です。

私たちはグリコーゲンという形でエネルギー源(糖質)を体内に溜め込んでおり、運動するとそれを消費します。グリコーゲンが無くなった、空っぽの状態でいると疲れが出やすいので、糖質を補給しなければいけません。また、リカバリーのための糖質を摂るタイミングが遅くなると、同じ量を摂ってもグリコーゲンが溜まりにくくなってしまうんです。糖質とたんぱく質を組み合わせて摂取することでグリコーゲンが溜まりやすいということもわかっています。

Q:ということは、プロテインだけじゃなくて何か足した方が良いんですね?

はい。オレンジジュースを混ぜて飲む人とか、一緒にお団子を食べる人とかもいます。

エネルギーが体内になくなってしまうと、タンパク質を分解してエネルギーにしてしまいます。空腹で運動をしている状態がこれに近いです。こうなると筋肉量の低下や、筋肉の怪我、筋疲労につながります。

筋トレ目的のジムトレーニング後に摂るプロテインには筋肉量増強の目的がありますが、自転車で長い距離を走る選手に気にして欲しいのは、こういったグリコーゲンの回復です。そういった観点では、中長距離の選手は毎回プロテインを飲む必要はありません。ロード時の必須アイテムはプロテインというよりは糖質ですね。

太田海也, HPCJC河村美樹・スポーツ栄養士が語るアスリートの身体作り

太田海也選手は大福を持ち込み!

Q:中長距離のような生活をしていると、糖分摂取が大事ということは分かりますが、摂取量が多そうですね。虫歯になりそう(笑)

案外いるかもしれませんね。ナショナルチームで使わせていただいているパラチノースは甘さ控えめですが、他のスポーツドリンクなどは結構甘いですし。

鉄分も大事!

Q:鉄分はどうでしょう?

夏は汗で失うことが多いです。またジュニアの選手は筋肉量が増えたり身長が伸びたりする年齢なので、より鉄が必要ですね。

食べ物から摂ることも必要ですが、鉄って単品で摂ろうとするとすごく吸収率が悪い栄養素でもあります。ビタミンCやたんぱく質などと一緒に摂ることが大切です。

プラスとしてサプリメントを渡すこともあります。HPCJCでサプライを受けている「サンアクティブFeタブレット」は粒が小さく、飲みやすいのが良いですね。それから31粒入っている上にとても持ち運びやすいので、海外遠征に重宝します。

※ナショナルチームでは、太陽化学の「サンアクティブFe」を使用している

ロードの練習やツアー・オブ・ジャパンへの出場などの際にはこういったサプリを事前に選手に渡して、そして必ず朝に摂取してもらいます。

Q:朝なのはなぜでしょう?

空腹時に摂取した方が吸収が良いということがひとつ。そして2つ目に、夜より朝の方が鉄の吸収が良いことが最近わかってきています。最後に、運動後は鉄の吸収を阻害するホルモンが多く出やすいためです。

Q:とても興味深いです。とはいえ全員が同じように摂取して同じ効果が期待できるわけではありませんよね?

その通りです。全員に同じ量を渡せば、摂取過多になってしまう人も出てきます。筋肉量が増えれば必要量も増えますが、過剰に摂り過ぎると便が硬く、出にくくなったりしますね。血液検査などで判断して、貧血などの心配のない人には渡していません。

Q:先ほど「鉄分はジュニア世代により必要」と言われましたが、高校の部活でこういった血液検査をしているところって少ないですよね?

陸上の長距離だとやったりしますよ。最近は血を取らなくとも指を入れるだけで必要なデータを測れる機械もありますので、それで見ることもできます。

Q:色々お聞かせいただきましたが、本当にいくらでも聞けてしまう分野ですね。バナナについて1時間語ってください、なんてお願いしてみたいです。

できちゃいそうですね。バナナって熟し具合によって糖の種類が変わる影響で、シュガースポット(皮に出る茶色のポツポツ)があるものが望ましいんですよね。選手たちには「おつとめ品がお勧め」と言ってます。

でも、選手に聞いてみても良いと思いますよ。みなさんよく勉強して、理解しています。

 

インタビューの最後はバナナ?で終わりましたが、この分野はアスリートや部活動などで自転車競技を行っている選手たちには興味があること間違いなし。今後はもう少し話を絞って河村栄養士に話を聞いていきたいと思います(More CADENCE編集部)。