他社ヘルメットのパフォーマンスの方が良ければ本番時に”使われない”
オリンピックは世界で最も注目を集めるスポーツイベント。そしてこのイベントを通じて得られる効果は果てしないことを誰もが知っている。だからこそ、世界中の競合他社が凌ぎを削り、各々の製品の方が優れているとアピールしてくる場でもある。
そしてそのアピールはJCFにも当然届く。阿久津さん、大田さんがJCF/HPCJCから伝えられていたことは「風洞実験で他社製ヘルメットのパフォーマンスの方がよければ、オフィシャルスポンサーだとしても採用しない可能性がある」という、この大会だからこその条件だった。
開発に費用、歳月をかけ、いくら蜜月の仲になろうと最終テストでパフォーマンスに影響を与えるほどの差があれば、Kabutoのヘルメットを使わない可能性がある。それは想像を絶するプレッシャーだったという。
「精神的にやられましたね。選手に勝ってもらうためには当たり前なのですが、2〜3年開発してきたものが他社に負けたら……と考えるとプレッシャーではありました。また、『自国開催のオリンピックで、日本代表選手が他メーカーのヘルメットを被っていたらどう責任を取ったらいいのだろう』とも思いました」と大田さんは当時を振り返る。
結果としては無事にレースに採用されたこと、この厳しい条件で開発に臨み、見事に世界で最も大きな舞台でのお披露目を果たすことが出来たことは、Kabutoにとっては“もう一つのオリンピック”とも言える裏話だろう。
初めて可能となった選手との共同開発
そうは言っても、オフィシャルスポンサーであったが故に有利な点もあった。それは選手のデータを直接得ることが出来、そのデータを開発に反映させられること。
HPCJCが主導で行った選手の風洞実験のデータを共有してもらい、その“生”データを基に調整を行うことが出来た。
過去にもKabutoは風洞実験を実施していたが、選手を連れていくことが出来ないため、ヘルメット単体でデータを取得。しかし人が着用すると異なるデータが得られることから“実際に使う選手が着用した時のデータ”が必要だった。HPCJCが関わったことによって、選手が使用した際のデータが得られたことが開発に大きな影響を与えた。
目指したのはチームの誰もが被れて、誰もが効果を得られるヘルメット。
「走行時の姿勢が極端に違う……真下を見るようなフォームの選手と、正面を見るフォームの2人を選出し、そのどちらの選手が使っても良い結果を出せる形にしています。そうすることで、この2人の間にいる選手たちにも有効な形状を実現できます。
選手によって効果の大小はありますが、解析場で行った検証の中で一番条件の良い数値は、時速65kmで走る場合CdA値が4%ほど下がっています。ワット数なら32ワットほど下がっています」
※CdA…空気抵抗を示す際に使われる係数。
このヘルメットを利用して、東京2020オリンピックの舞台で梶原悠未は女子オムニアムの銀メダルを獲得、脇本雄太と小林優香は200mフライングタイムトライアルで日本記録を更新した。
自転車やレースウェアなどもこの記録や結果への貢献があるものの、ヘルメットが大きな役割を果たしたことは想像に難くない。ジェイソン・ニブレット短距離コーチも開発には感謝と賛辞の意を述べている。
「Kabutoの方々は新たな製品を作りたいと意欲的でした。HPCJCを通じて専門家たちが話し合い、市場に出回っているものより良い物を作ることができました。最も大事な点は日本人の選手たちの頭、そして自転車に乗るときのポジションに適した製品になったことです」