先生と呼ばれていた時代

Q:競輪選手になる前は他の仕事をしていましたよね?

競輪選手になる前、工業系の学校で情報の授業で実習助手をしていました。

Q:河端先生だったんですね。

そう呼ばれてた時代はありましたね(笑)

Q:教えることが好きだったんですか?

いや、たまたまそういう職場があったからそこに入った、という感じです。県に国体要員として採用してもらった時、産休に入る先生がいたので、代わりに半年くらい入りませんか?というお話をもらいました。最終的に、その学校へ2年ほど勤めました。

Q:河端選手のように一度社会へ出てから競輪選手になる人って、珍しいですか?

最近は多い気がしますよ。「第二の人生」みたいな感じでサラリーマンを辞めて競輪選手になる人もいます。自分の時も、若手とは言えない年齢の人が結構いた印象です。

Q:第二の人生として競輪選手になることを選ぶのは、河端選手としてはオススメの道ですか?

いやぁ・・・オススメはしないです。これは僕が基本的に人に物事を勧めないから、というのもありますけど(笑)

日本で指導者が育ちにくい理由

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