僕の選手人生は、最短であと1年で終わってしまう

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持っている力を100%出しきれていない

Q:悩みというか考えを巡らせるような出来事でもありましたか?

僕はゼロからドカンとパワーを出すのは得意なのですが、ハロンのようにトップスピードに上げるためにジワジワと踏んでいく走りは、体力が削られてしまってすごく苦手なんです。そういった練習ではBチームの選手たちにも千切られることもあります。

一方で、ジムトレーニングにおいてはチームで2番目に強いんです。一番ジムで強いのは太田海也なのですが、そこまで大きな差ではありません。でもジムでの強さを競技で発揮できていないのは何故なのか、ということに真剣に向き合うようになりました。

Q:自転車に上手く転換できていない。あるべきはずの力を出せていない、ということですか?

はい。ハロンで踏んでいく時に体力が削られてしまうのも、本来だったらもっと余裕を持って走れる力があるはずなのに力の加減が悪いな、と。新田(祐大)さんにもアドバイスをもらいつつ、いろいろとトライしてきました。

自分が前に行っていたBMXはギアが軽いので、水面をタタタタタッと走るようなイメージで、奥までペダルを踏まないでケイデンスを上げる漕ぎ方をします。チームスプリントの1走もそれに似ている感覚で走っています。それが大きいギアになると、出力は出しているつもりなのに全く進んでいかない。その部分で、早々にエネルギー切れして終わっているんじゃないかと考えました。

「水面をタタタタタッと走るようなイメージ」を具現化したもの

Q:漕ぎ方、踏み方を根本的に変えたということですか?

そうですね。具体的には、ピストバイクって6時(=脚がいちばん下の状態。下死点。)以上に踏むと減速するイメージがありますが、6時以上に踏み切るイメージで漕いでみました。陸上競技では、脚を蹴り上げるためには必ず踏み込む必要がありますが、それと同じような考え方です。そうやって試行錯誤を続ける中で、ロードでもスピードが上がってきて、疲れ方も変わってきました。

Q:具体的には、どんな疲れ方の変化がありましたか?

例えば500mのトレーニングです。これまでは、1周(250m)回った後の2コーナーくらいでキツくなっていたのが、今は3コーナーまでに伸びました。わずかな違いかもしれませんが、2コーナー過ぎから残り半周を頑張るのと、3コーナー過ぎからゴール線まで頑張るのでは精神的にも全然違います。あとちょっと、と感じることで、もう1つ力を出せるんですよね。エネルギー効率が良くなってきて、今までの自分とは違うレベルにきている感じがしています。

加えてジェイミー・ドーグラスS&Cコーチ(短距離の筋トレコーチ:2025年初から就任)との新たなトレーニングがうまく行っているという部分もあるので、一概には言えないですけどね。

“新たなS&Cコーチ効果”でレベルアップ 皆のトンガリに期待

Q:新たなトレーニング効果、というのは他の選手の口からも耳にすることがあります。これまでとの違いは、どのような部分なのでしょうか?

科学的なアプローチというか、重いものをただ持つのではなく、「なぜこの重さでやるのか」という具体的な答えをしっかりと説明してくれるのはありがたいです。選手たちは、なんとなく「重たいものを持てば持つほど強くなる」と思いがちですが、実はそうじゃないということを教えてくれました。

これまではあるトレーニングを6回やるとなった時、6回できるかわからないくらいの強い負荷でやっていました。もちろんそれも大事だと思いますが、今は8回はできそうな負荷で6回やる、というやり方に変わっています。それは、怪我のリスクの低減にもつながっていると思います。

Q:単純に負荷が少なくなった、という話ではないんですね?

ブノワ(・ベトゥ元テクニカルディレクター)が来たときにも練習の量が減って、「こんな練習でいいの?」ってなった時がありましたが、それのジムバージョンというイメージです。
今、ジェイミーとトレーニングをやり始めて約3ヶ月ほど経ちましたが、しっかりと疲れ、負荷は感じています。一方で、オフで回復できている印象もあるし、オンオフがしっかりしているように思います。

Q:このトレーニングを続けることで、次のレベルに行けるという手応えはありますか?

はい。みんなのフィジカルベースが上がっていくのが楽しみです。あとは、モニタリングというか、ウェイトトレーニングのメニューとそれがもたらす選手ごとの反応のデータベース化も進んでいます。

これまでは、基本的には全員同じメニューをこなして大会に臨んでいましたが、今後はもっと個人にフォーカスしたトレーニングに変わっていくと思います。そうなれば、それぞれに秀でた部分がさらに明確に出てきて、良い意味での“トンガリ”が出るんじゃないかと感じます。

「リミットは…来てない」

長迫吉拓, 太田海也, 小原佑太, Japan, mens team sprint, Olympic Games Paris 2024, Saint-Quentin-en-Yvelines Velodrome, August 06, 2024 in Paris, France

Q:長迫選手の現在のコンディション、実感値としてはいかがでしょうか?

チームスプリントの1走としてのタイムも16秒台を狙えるところにきていると思います。いちばん仕上げていた去年のオリンピック直前と、今の状態はそれほど変わらないです。

※編注:現状、チームスプリントの第1走のタイムで17秒を切ると世界で3本の速さと言える。長迫選手はパリ2024で17秒078を記録、日本史上最速のタイムを記録した

Q:16秒9というタイムが出たら、すごいことですよね。

ちょっと前までは、自分としても冗談めかして言っていて、周りの反応も同じような感じでした。でも、今は選手もコーチも「出るよ。むしろこのトレーニングで出ないほうがおかしい」という意識に変わっています。実際、16秒9を通り越して16秒8を目指す設定になってきていて、夢じゃなくて現実味のある数字になってきたのかなと思っています。

Q:実際に、最近の大会では17秒2くらいの好タイムを安定して出せています。

オリンピックで今まで行けないと思っていたタイムを出すことができて、1つ上のレベルにいけたことも大きいと思います。

Q:まだまだ、伸び代がありますよね?

今年で32歳。次のオリンピックに出るとしたら35歳。正直に言うと、30歳を超えて、自分のフィジカル的な伸び代に限界を感じることがありました。「リミットが来たのかな」とジェイミーに話をしたら、「そんなことない。筋肉的には40歳まで伸びる」と返されました(笑)。

Q:……40歳ですか。

もちろん、反射速度というか身体伝達のスピードとかは30過ぎくらいから成長率が衰えていくし、どこかで低下は始まるのですが、筋肉量とかフィジカル的なものは40歳まで上がっていくそうです。「長いことやってくるとメンタル的に疲れてくるから難しいと言われるだけで、人間の作り的には40歳までできる」と言い切っていました。

じゃあ、まだあとオリンピック2回分あるな、と(笑)。

Q:次で辞めるはずでは?(笑)

いや、2回もやらないと思いますけどね(笑)。ただ、もう1段階上にいけるんだと思ったら、16秒9のタイムは本当に狙えるなと思っています。

負ける気も、譲る気もない

Q:そのタイムが出せれば、オリンピックでのメダルもかなり現実的に見えてきますね。

16秒9を出せたとして、第2走の(太田)海也は問題なくついて来られると思うので、あとは3走のタイムが上げればメダルは堅いんじゃないかなと思います。ただ一方で、そうなると海也が1テンポ早くスピードを上げることになるので、3走への負荷はより高まることになるでしょうね。

Q:でも今後が楽しみですね。

現時点ではどんなメンバーになるかはわからないですし、自分が選ばれるかも分からない。いろいろな可能性があります。ただ、僕が16秒9を出すことができれば文句無しでしょうから、そこは絶対に譲らないつもりです。負ける気もありません。過去の成績が良かったから今回も長迫を選ぼう、ではなくて、ブレない強さを得られるように頑張ります。

 

やはり話の中心はチームスプリントになってしまったが、8月22日から始まる全日本選手権では長迫選手はスプリントに出場予定。果たして進化の証となる予選での9秒台は果たされるのか。果たされればチームスプリントの第1走としての16秒台も、更に現実味を帯びてくる。この点も全日本選手権の見どころとなるだろう。