深谷「まず、ナショナルチームの引退発表をした時、自分で纏められなかったからMore CADENCEに投げました(笑)自分で編集しながら1~2か月位時間がたって、これは纏まらんと(笑)ということでお願いします」
この度、日本代表としての自転車競技者から引退する事になりました。
今後は、今までの経験を元に次の世代の選手の力になれる事を探しつつ新たな道を見つけたいと思います。
細かい話は後日モアケイデンスで語りたいと思います(←また勝手に企画ですw) pic.twitter.com/nG2rfN8HnI— 深谷知広 (@tmhrfky) October 25, 2021
と、まさかの逆指名でこの名誉あるインタビューを行うことになった我々More CADENCE。ここから深谷知広のナショナルチームからの引退の真相に迫ります。
パリまで”3年”しかない
Q:ご指名承りました(笑)恐縮ですが、インタビューをさせていただきます。
まず、なぜ”引退”なのでしょうか?休むなどの選択肢もあったかと思います。
競技を”休む”という選択肢ももちろんありました。でもパリまで”3年”しかないという状況で、自分は半年は休みたかった。それから戻って……と考えると時間がない。ですから”休む”という選択は自分の中であり得ないものでした。
Q:半年……その期間の理由は?
そこは大体の雰囲気です。もちろん競輪を走らなければいけないし、収入も無かったですし……コーチとも”休む”という選択肢については話しましたが……パリまで”3年”という時間が短かった。それが引退に至った一つの理由です。
Q:”3年”ではなくて、4年ある中での半年休みだったら、今の選択肢にはなっていなかった。そういうことでしょうか?
なっていませんでした。新型コロナの影響も、今回の判断に至った一因ではあります。もちろん「大会に行ったら2週間の隔離」といった面も、自分の中ではプラスに働きませんでした。
Q:引退は”競技”からというよりは”ナショナルチーム”から、ということですよね?
そうですね。自分は自転車競技が好きですので、「自分のペースで自転車競技を続けていく」という選択をしました。
Q:東京が終わり、次は深谷選手の時代が来た!という中で、この選択は本当に不思議というか、もったいないという感覚ですが、ご自身の中では?
自分の中では全くありません。でも周りからは様々な言葉をいただきました。その中で一番多かったのが「もったいない」です。
でも自分の中で、「次」という意識というよりは、1つのゴールを迎えてしまったような感覚が強かった。ある程度やりきった思いが強かったと思います。「もったいない」という意識は、自分には無かったです。