イギリス生まれ、リチャードソンの経歴
コルフ氏のコメントにもあるように、マシュー・リチャードソンはもともとイギリス出身。ケント州の州庁所在地、メードストンに生まれ、9歳の頃にオーストラリアへ移住しているため、今回の移籍は生まれ故郷に戻る形となる。
リチャードソンは幼少期より体操競技に励んでいたが、10代半ばの頃に負った肘の故障をきっかけに引退。その後オーストラリア西部スポーツセンター*が主催する「自転車競技の体験セッション」に参加。そこで才能が見出され、本格的にトラック競技をスタートした。
※Western Australia Institute of Sport
エリートデビュー後は主にチームスプリントメンバーとして活動。個人種目では順位決定戦から漏れる(東京オリンピックではスプリント22位)など目立つ活躍は見せていなかったが、2022年頃から存在感を見せ始め、ネーションズカップの表彰台に名を連ねるようになる。
そして2022シーズンのラストに行われた『トラックチャンピオンズリーグ』では短距離男子の最強王者、ハリー・ラブレイセン(オランダ)を撃破しシリーズ総合優勝。
これまで短距離男子はラブレイセンの一強だったが、ラブレイセン&リチャードソンの二強時代に入ったような形となった。
移籍発表の1週間前に終了した2024パリオリンピックでは、リチャードソンは3つのメダルを獲得。ただし銀・銀・銅と、どの種目でもラブレイセンらオランダには一歩劣る結果となった。
「打倒オランダ」が成しえるか
マシュー・リチャードソンが在籍していたオーストラリア、移籍先のイギリス、そしてリチャードソンの好敵手であるハリー・ラブレイセンが所属するオランダは「男子短距離のトップを争う3国」と言うことができる。
例えば2024パリオリンピックで行われた男子短距離種目の3国の結果をまとめると以下の通り。
オランダ | イギリス | オーストラリア | |
スプリント | 金メダル: ハリー・ラブレイセン |
銅メダル: ジャック・カーリン |
銀メダル: マシュー・リチャードソン |
ケイリン | 金メダル: ハリー・ラブレイセン |
銀メダル: マシュー・リチャードソン 銅メダル: マシュー・グレーツァー |
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チームスプリント | 金メダル: ジェフリー・ホーフラント ハリー・ラブレイセン ロイ・バンデンバーグ |
銀メダル: ジャック・カーリン エド・ロウ ハーミッシュ・タンブル |
銅メダル: マシュー・グレーツァー レイ・ホフマン マシュー・リチャードソン |
これを見るとわかるように、現在王者となっているのはオランダ。それに次ぐ2番手の位置をイギリスとオーストラリアが取り合っているような状況だ。ここからリチャードソンがイギリスに移ればイギリスの2番手の位置は盤石になり、オランダの牙城を崩す強力な力を得ることができる。
毎回オリンピックにきっちり照準を合わせて強化してくるイギリスチーム。オリンピックまでに行われる国際大会ではものすごい強さを見せているわけではないが、それでもオリンピックではしっかり結果を出してくる強国だ。ラブレイセンに勝つ「あと一歩」が欲しいリチャードソンからしても、イギリスの強化体制は魅力的なのかもしれない。
次のオリンピックに向けた新しい4年間
マシュー・リチャードソンの移籍に関し、イギリス自転車競技連盟側もコメントを出している。
「リチャードソンはケント州メードストンで生まれ、9歳の時に家族とともに西オーストラリア州ワーウィックに移住。そこで16年間暮らし、二重国籍を維持してきました。ジュニアレベルからオーストラリア代表として競技に出場してきたリチャードソンは、英国に永住するために今が適切な時期だと判断し、ジェイソン・ケニー卿がコーチを務めるイギリス短距離チームの一員として自転車競技のキャリアを続ける予定です。
パフォーマンスディレクター、スティーブン・パーク氏は
『マットをチームに迎えることができてうれしく思います。今後数週間から数か月にわたって、彼がプログラムに移行できるようサポートしていきます。
パリオリンピックで結果を残し、ますます強くなり続けている私たちの短距離プログラムを誇りに思っています。マットはこの強みをさらに深めてくれるでしょう。2028ロサンゼルスオリンピックに向けた新しい4年間のサイクルが始まる中で、彼の存在が私たちの従来のチームにどのような付加価値をもたらすのか、とても楽しみです』
とコメントしています」
リチャードソンの競技国籍変更申請は、すでにUCI経由で承認されている。4年後のロサンゼルスオリンピックの頃にはどのような勢力図になっているのか、そして日本はそこにどのように食い込むのか、今後も注目したい。