熾烈な代表争い、ツール覇者が落選

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デンマーク代表コーチの苦渋の決断

デンマークチームの発表は、複数の自転車海外メディアの間で注目を集めている。注目の種は、ヨナス・ヴィンゲゴーの落選と、トラック種目との二足の草鞋を履くミカエル・モルコフの選抜背景だ。

モルコフを除く3人の代表メンバーは、2024年6月4日時点のUCI個人ランキングでデンマーク選手のうち2位〜4位に位置する選手。デンマークトップの成績を誇るのは、落選となったヴィンゲゴー。UCIランキング全体でも2位に位置している。一方、メンバーに選ばれたモルコフのUCIランキングは、デンマーク選手のなかでは60位。

URI個人ランキング(2024年6月4日更新時)

選手名 World Ranking UCIポイント デンマーク選手の中での順位
ヨナス・ヴィンゲゴー 2位 5970.5 1位
マッズ・ピーダスン 6位 4204 2位
マティアス・スケルモース 12位 2754 3位
ミッケル・ビョーグ 87位 963 4位
ミカエル・モルコフ 2124位 10 60位

UCIランキングのみを極端に考慮すれば、不公平とも言える選考結果。しかしもちろんその背景には、デンマーク代表コーチによる考え抜かれた苦渋の決断があった。公式リリースでも明記されている2つの背景を紹介する。

本件を取り上げている自転車海外メディアの事例:CYCLING NEWS(2024年6月2日, 2024年4月6日), Bicycling(2024年6月3日), NBC Sports(2024年6月1日)

【その1】マッズ・ピーダスンが得意とするコース設定

1つ目の背景は、『パリ2024オリンピック』ロードレースのコースがマッズ・ピーダスンの得意とする構成であること。コースの下見をした代表コーチはこのようなコメントをしている。

「ルートを視察するためにパリに行って衝撃を受けました。パリ市街のには狭い道がたくさんあり、ゴール直前にモンマルトルまで石畳の登りがあります。これらはピーダスンの得意とするものです」

2024年のパリ〜ルーベ3位ヘント〜ウェヴェルヘム優勝など、石畳や道幅の狭い道が多く登場するレースで好成績を残しているピーダスン。さらにアシスト役に優秀かつ連携の取りやすい同国・同チームのスケルモースを配置できることが、ピーダスンを中心としたメンバー構成に至ったと代表コーチは語っている。

出典:Mads Pedersen, Mattias Skjelmose og Michael Mørkøv har fået tre af de fire danske OL-billetter til linjeløbet i landevejscykling ved OL i Paris. Michael Mørkøv skal også i aktion på banen.

【その2】出場枠のルール

ミカエル・モルコフ

2つ目の背景は、ミカエル・モルコフのメンバー入り。これにはデンマーク男子トラックチームのメンバー構成と、出場枠に関するルールが関係している。

デンマーク男子トラックチーム(中長距離)のメンバー構成

デンマークのトラック男子中長距離チームは、チームパシュート、マディソンの両種目で成果を上げてきた。

チームパシュートは、ニクラス・ラースンら東京2020オリンピックで銀メダルに輝いたメンバーを中心とした構成。

マディソンでは東京2020オリンピックの金メダリストであるミカエル・モルコフと、チームパシュートメンバーのうちの1人がペアを組んでいる。

「チームパシュートの4人+モルコフ」の「合計5人」でデンマークは表彰台を獲得し続けてきた。

パリ大会の出場枠ルール

しかしここで困るのが、「中長距離種目に出られるのは4人」という出場枠ルール。

デンマーク男子チームはチームパシュートで出場枠を獲得しており、チームパシュート・マディソン・オムニアムの3種目に出場することができる。ただし、出場できる「選手」は4人。

チームパシュートの4人+モルコフの「合計5人」がデンマークトラックチームのベストメンバーである以上、どのようにしてモルコフを出場させるかが悩みの種となった。

『2024パリオリンピック』の出場枠獲得方法が明らかに!【トラック競技】

他種目・他競技から召喚できる「ルールの抜け道」

フィリポ・ガンナ(イタリア)/ ロード個人タイムトライアル、トラックチームパシュートに出場(東京2020オリンピック)

しかし、これには抜け道のような解決策がある。

「チームパシュートで枠を獲得した場合、マディソンの出場枠も与えられる。マディソンに出場する選手はトラック競技の他の種目、またはその他の自転車種目にエントリーしている選手である必要がある」

という一文である。

デンマークはこのルールに則ってモルコフを「その他の自転車種目」、すなわちロードレースに出場させることで、トラック種目にも「召喚する」ことを可能にしている。これによりチームパシュート・マディソンを計5人のベストメンバーで戦うことができるのだ。

※より詳細な出場資格要件はコチラの記事を参照いただきたい。

しかしこの「抜け道」の利用は、その他の自転車種目の出場枠を圧迫しかねない。

どちらの種目でも活躍している選手なら話が別だが、トラック競技でのメダル獲得のために、その他の自転車種目の出場枠を埋めてしまうことになる。

デンマークの場合は、仮にパリのロードレースのコースがマッズ・ピーダスン向きだとしても、ヨナス・ヴィンゲゴーを加え「2人のエース・2人のアシスト」というチーム構成も1つの案としてあり得ただろう。

しかしチームパシュート・マディソンでのメダル獲得を優先したことで、ヨナス・ヴィンゲゴーらその他のロード候補選手の選出が不可能となってしまったのだ。

ただし、デンマーク代表コーチはモルコフをロード選手として評価していない訳ではない。

「マディソンでのメダル獲得」を第一の目的としたモルコフの選出背景を肯定しつつ、過去の大会でもアシスト役として能力を発揮した実績があること、ベテラン選手故にリーダーに適していること挙げ、「ロードでも優秀な選手」として期待していることを公式リリース内で述べている。

「国際オリンピック委員会が設けた納得しがたいルール」

ブノワ・ベトゥ

「国際オリンピック委員会が設けた納得しがたいルール」。こう発言したのは日本トラック競技ナショナルチームのテクニカルディレクターであるブノワ・ベトゥ。

出場枠に関するルールによって、日本トラックチームでもデンマークと似たような苦渋の決断が求められたための発言だ。代表選手が未発表の国のなかにも、デンマークや日本と同じような苦悩を強いられているチームがあるだろう。

しかしルールは変わっていくもの。今後のオリンピックに向けてルールが改良されていくこともあり得るだろう。各国の代表選手選考の背景にも注目しつつ、同じルールの下で最良の結果を残そうとする選手たちを応援してほしい。

コーチ陣が語るメンバー構成の意図 パリオリンピック日本代表候補選手 出場予定種目発表