トラック競技を始めた理由と、競技そのものへの想い

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先人たちの活躍を見て憧れた競輪の舞台

Q:ラブレイセン選手はオランダだとスーパースターだと思うのですが、テレビの番組や配信、いろんなものに出演しています。例えば、道を歩いていて誰かに気づかれたり、普通の生活を送る上で有名になりすぎて困ったり、そういうことはありますか?

自分がどこにいるかで変わると思います。もし僕が大きな都市にいるのなら、そんなに気づかれることはないと思います。でも、地元やベロドロームの周りだとすると、僕のことを知っている人が多くなると思います。

でも、普通の生活を送る上で難しいことはほとんどないです。世界選手権で勝って、知らない人に気づかれ始めた最初の頃は、ちょっと不思議な感じはしましたけどね。でも、それももう慣れました。

Q:気づかれ始めたっていうのは、オリンピックでメダルを取ったからですか?それとも世界選手権で?

世界選手権がきっかけで認知が上がっていったんだと思います。でもオリンピックの影響はすごくありましたよ。オリンピックでオランダ中に知ってもらった形ですね。

ハリー・ラブレイセン LAVREYSEN Harrie, Netherlands, mens team sprint, Olympic Games Paris 2024, Saint-Quentin-en-Yvelines Velodrome, August 06, 2024 in Paris, France

Q:ではラブレイセン選手がまだ持っていないものと言ったら、日本の競輪への挑戦。そういうことですね?ちょっと言わせてるみたいで申し訳ないですが(笑)

そうですね。だから日本に来て走ることを選択しました。本当にここ数年間、日本に来ることを楽しみにしていたんです。 でもコロナの流行が始まって、短期登録制度での受け入れが無くなってしまいましたよね。

2026年に再開してくれたことに、とても感謝しています。 日本に来て走るのは、自分のキャリアの中で待ち望んでいたことなので、とっても嬉しいです。

Q:それはやっぱりテオ・ボス、マティアス・ブフリといった過去に来日された先輩たちがいろいろと話をしてくれた影響もありますか?

もともと競輪の歴史に興味がありました。トラックの短距離選手だったら、やっぱり日本の競輪に興味を持つと思います。

マティアスやテオ、テーン・ムルダー、そしてレネ・ウォルフ…たくさんのオランダ人が日本に来て、他の国の人たちも来ていますよね。トラックをやり始めた時にはチームにマティアスがいて、その時すでに彼は何回も日本に来ていて、いつも日本に遠征していました。そういった姿を見て、すごくかっこいいなと思ってましたし、やっぱり日本に来て走ってみたいなって気持ちになりました。

Theo Bos

短期登録制度で競輪に参戦していたテオ・ボス

Matthijs Buchli マティエス・ブフリ Stefan Botticher シュテファン・ボティシャー

黄色がブフリ

Q:先輩たちは、どんなことをあなたに伝えてくれましたか?

マティアスもテオも日本に何回も来ていますが、すごく日本のことを愛しているな、日本のことが好きなんだなってことは伝わってきました。彼らから聞くことは、すごくポジティブなことばっかりでしたよ。

Q:マティアス・ブフリはなかなかこう…クレイジーな感じがしましたけども、ラブレイセン選手の中にもそういったクレイジーな部分っていうのはありますか?

いや、うーん…。マティアスよりはもうちょっと普通というか真面目だと思います(笑)セルフコントロールができるといいますか。僕が好きなのは、きちんと計画を立てて、パーフェクトにそれを実行することです。 マティアスは一方で、勘というか、流れに任せるみたいなところがあると思うんですけどね。

頂点を争うリチャードソンとの共同生活

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