パイオニアである1期生たち
Q:日本競輪学校の教官としてガールズの1期生から指導されてきたわけですが、当時を振り返っていかがですか?
沖:いや、本当に小林莉子ちゃんもそうですけど、すごい一生懸命やっていました。その前のイベントのほうでも、石井寛子ちゃんに「泣くなっ!」って。
石井:え、覚えてらっしゃいますか?
沖:覚えてるよ(笑)「泣くなっ!」じゃなくて「泣かないで」って言ったよう気がするんですけど(笑)
石井:(笑)。失礼しました。
沖:選手(キャリア)を終えたばっかりでしたので、ちょっとキツイというか、堅いところがあったのかなあと思っています。
Q:小林選手から見て、教官としての沖さんはどうでしたか。
小林:一緒にロードの訓練で走っていただいたことがあったんですけど……キツかったですね(笑)。すごいなあと思いながら、学ぶことが多かったです。
Q:初めてのガールズケイリン1期生として競輪学校に入られて、何もないなかで授業が始まったと思うんですが、いかがでしたか。
小林:正直、大変だったとかそういう記憶はないんです。本当にただがむしゃらに、どこまで強くなれるかだけを考えて過ごしていたので……そこまで考えられる余裕はなかったんだと思いますね。
Q:当時小林選手は最年少の18歳でしたが、同期には40代の候補生もいて、すごくさまざまなバックボーンの人たちが集まった学校生活だったかと思います。
小林:和気藹々として……なかったかな(笑)個性豊かな人ばかりだったのでぶつかることもありましたけど、その分みんなで切磋琢磨して一生懸命やってきたかなと思います。
Q:先生として見ていた沖さんは、1期生にどのような印象を持たれましたか。
沖:さまざまな分野から来られた方が多くて、大変な部分はあったと思います。でも1期生としてすごく頑張ってくれて、気持ちはひとつだったと感じます。
後に続くガールズ選手たち
Q:2期生として入られた石井選手はいかがでしたか。
石井:学校生活では1着を獲ることだけを考えて練習やレースをしていたので、あっという間でした。卒業してからは、1期生の方々が土台を作ってくださっていたので、2期生はそのまますんなりとそこに入った感じ。レースではライバルなんですけど、それよりも感謝することが多かったなと思います。
Q:7期生の佐藤選手はいかがでしょう?
佐藤:石井選手の言葉をお借りするようなんですが、本当に先輩方が土台を作ってくださったおかげで、走りやすい環境だったと思います。レースだけを頑張れる。大変だったっていうお話はたくさん聞くので、すごくありがたいと心から感謝しています。
Q:沖さんから見て、選手の皆さんに変化は感じますか?
1期・2期生が土台を作ったことで、慣れてきていたり、さまざまなガールズケイリンのレースサンプルを見られることは、変化だと思います。1期生はガールズケイリンのレースを想像するしかなかったわけですので。
ただ授業をする側としては、いつでも皆さんすごく素直で、本当に教えやすいです。