【WAKO’S開発秘話】新たな潤滑油で更なる飛躍

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綾部氏はマネージャー兼テストライダー

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綾部氏

綾部:ただし私自身も少し前にテストとして同じ製品を使用して、ブノワさんとほぼ同じコメントをしていたんです。感想が同じだと分かったので、そこからは内部でしっかりテストをして、その中で一番良いものを、またテストして一番良いものを、ということを繰り返していきました。

そういった経験を経て再度ブノワさんに試してもらったところ「良くなった」とのコメントをいただけました。だから2月から4月末までに、自分は何度も伊豆ベロドロームで試走してたんですよ。伊豆に自分用の自転車も置いてあるんです(笑)

Q:営業でありながらテストライダーもこなしたと。250mバンクをバリバリ走れるスーパーマンですね。

綾部:そうですね(笑)2〜3週間に1回くらい通っていました。

Q:テスト回数としては結局何回だったのでしょうか?

綾部:1回目の修正点を課題としてもらい、その後3回目で「これでいける」と判断し、ブノワさんにお渡ししました。

田端:とはいえ試作品としては50通りくらい作っています。最初に「数字を良くする」という部分で30通りくらい作って、その後「音が出ない」ということを追求するために試作を重ね、合計で50通りほどです。

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様々なテストサンプルが存在するラボ内

Q:1本目のテストサンプルを作ったのはいつ頃だったんでしょう?

田端:去年(2023)の夏頃でした。何の掴み所もないところからスタートして、ちょっと片鱗が見えてきたなと思ったのが、その12月あたり。また昨年の夏の終わり頃、装置がエラーになったのですが、どこに相談すれば良いかわからなくて……結局自分でバラして直しました。まさか装置のメンテナンスまでやるとは思っていませんでした(笑)

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世界でたった1人の存在。ドライブチェーンジグを扱い、修理までする田端氏

紆余曲折あり、最終的には1本目から9割くらい違うものとなって完成しました。

選手時代の「感覚」が役に立った

Q:ブノワTDの感覚と綾部さんの感覚が一緒だったことが開発に功を奏したと思いますが、そもそもそんな人材が会社内にいること、それがラッキーなことでしたよね?

綾部:振り返ってみると、現役時代も試作品に触れる機会が多くありました。テストをする感覚、というものが選手生活の中で培われていたのかなと思います。

また、他のメーカーさんのチェーンオイルを買って試すということは、会社員になってからずっと続けていました。新製品が出たら買って試して、自社製品とどのような違いがあるのかレポートを書き、提出していました。言ってしまえば「自分の特殊能力」が役立ったということで、嬉しいですね。

そして、この「特殊能力」もいつまでできるかわかりません。今はまだサイクリストとしてそこそこのレベルをキープしてますが、今後衰えていくと思います。そうなると選手と同じような出力でテストすることはできないし、テストが意味を成さなくなります。クルマやバイクならアクセルを操作すればテストできますが、自転車はそうはいきませんから。

自分はもともとロードの選手だったので、天候や路面や傾斜など、外的な要因が多かったです。そのような状況だと「チェーンオイルひとつで何かが変わる」という感覚は、正直あまりありませんでした。一方トラック競技になると、0.01の差で順位が変わります。シンプルな自転車だからこそちゃんといろんなことを突き詰める必要があるんだと、日本チームと関わっていく中で実感しました。

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自動粘度測定装置……とにかく近未来感が凄い!

トラック特化、機能性重視オイル

Q:今回出来上がった潤滑油の特性を教えてください。

田端:ベースオイルと呼ばれる部分をいじることで、添加剤をどうすればより効率よく働かせられるか?という考え方で開発しました。どんどん狭めていく中でフリクション(摩擦による出力ダウン)を極力少なくすることを追求するために、あれとこれを組み合わせてみて、とスイッチしてアプローチしました。

いろんな発見がありましたが、過去の担当者にも意見を伺っています。そして同じようなことを言っていたので、方向としては間違っていない。そういった部分も踏まえながら今の処方になりました。

ただし欠点もあります。トラック競技に特化しているので曲がるときのねじれには適用できていません。また添加剤を効くようにしているので、黒くなりやすい、汚れに見えやすいという欠点もあります。短期間の機能性重視です。

パワーロス比率の図。今回の潤滑油がいかに効率的なのかが分かる 提供:WAKO’S

Q:一度施工したとして、持ちはどれくらいですか?

田端:装置でのテストでは、3〜400km走った段階で若干パフォーマンスが悪化することは分かっています。実車両だと汚れもつくので、もっと前倒しになるかもしれません。

また20℃〜30℃くらいの環境でよく効くように設計されています。エンジンですと高温の状態を考えますが、トラック競技用なので考え方が違ってきますね。

綾部:ベロドロームは室内気温が決められていますから、その範囲での設計です。

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何の傷もついていない鉄(画面中央)

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圧力をかけてぐるぐる回すと

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画面中央の鉄の凹みが分かるだろうか?テストで圧力をかけることですぐに摩耗度合が分かる。この摩耗を極力防ぐために潤滑油が必要となる。

現場でのサポート
チェーンを最適な状態にすることで選手のパフォーマンスを効率化する

Q:メカニックからの反応などはどうでしたか?

綾部:これだけやっているのを見てくれているので、油に関してはだいぶ信頼していただけていると感じています。そしてメカの方はお忙しいから、チェーンを「まっさらな状態」に戻す作業まで行うのはなかなか難しいと理解しています。そこは自分が現地に行って、チェーンの整備をこちらで請け負って、チェーンと油に関しては完璧な状態でお渡しできるようにします。それだけでも現場のストレスがだいぶ減るのではないでしょうか。

田端:メカの方って本当に忙しいですよね。香港のネーションズカップに同行した際に横で見ていたのですが、本当にず〜っと動いている。チェーンを洗う余裕なんてありません。それをサポートできれば、という部分もあります。

綾部:少しでもタイムに繋がれば、ですね。

森昭雄, 齊藤健吾

HPCJCメカニック陣

Q:チェーンを洗浄する理由はどのような部分にありますか?

綾部:これまでに使ったチェーンオイルの残りなど、不純物を剥がす必要があります。役目を終えたチェーンオイルのカスがこびりついちゃいますから。

田端:チェーンオイルは化学反応を起こして固形物を生成して滑っていく、という仕組みです。使えば使うほど生成物が出て真っ黒になってしまう。一旦それを除去して、クリーンな状態にする必要があります。

1%の積み重ねで勝利を掴む

Q:今回のチェーンオイルについて、具体的な数字を教えてください。

田端:従来の油に対して、数字上では7%くらい良くなっています。

綾部:例えば1000ワットで漕いだとして、チェーンの摩擦などで機械的損失が絶対に発生します。一般的なオイルだと950ワットになってしまうところが、チェーンオイルを変えるだけで955ワットにすることができる。たった5ワットだとしても、高速レースではその差が大きく出る。これが「フリクションロスを無くす」という考え方です。人間の力を100%に近づけていくことができます。

田端:トラック競技ではバイクも新型が開発されていますが、あれは7%ほど空気抵抗を削減しているそうですね。それと同じくらいの効果を、このチェーンオイルでも実現できています。

綾部:先日、太田海也選手と少し話したんですが「上の速度が違うんです」と言っていました。チェーンが綺麗だと(傾斜を使って)駆け下ろす前の上の速度が違うので、全然スピードが変わってくると。

Q:次のレースでは、どのくらいのタイムを期待しますか?

綾部:では7%マイナスで(笑)!そうなったら「オイルのお陰だな〜」って思えますね。自転車は機材スポーツですが、その中でもトラック競技は機材がかなりシンプルな部類です。そして室内ということで、条件がほとんど変動しない。だからこそ細かいところを突き詰めていくわけですが、そういう競技であることと難しさを改めて感じました。

さらに突き詰めていきたい「オイル沼」

Q:他の機材(ヘルメットやフレーム)は選手それぞれの体格が違うことが「外的要因」とも言えるかもしれませんが、その点チェーンオイルは数字が動きにくく、普遍的な測定ができますよね。

田端:とはいえ、チェーンオイルでも人によって踏み心地が違うとは思います。むにゅっと粘度が高い系がいいのか、さらっと粘度が低い系がいいのか。同じ数値を維持しつつ、選手に寄り添っていろんな踏み心地のオイルを展開していくことが、今後の課題だと考えています。

綾部:ただ、難しいことではありますね。1人1人に合わせたオイルを準備して施工することは非常に労力も大きいので、ブノワさんも「これ一択」としています。

Q:今回のオイルはむにゅっとか、さらっとかというと?

田端:さらっとしています。そういう踏んだ感触がタイムに影響することもありますし、もっとやりようは色々あります。その上で「今回はここまで」というラインを引いています。

Q:突き詰めていくと「沼」ですね。

綾部:本当にその通りです。危険なので、もし沼に突っ込んでいく場合には更なる覚悟が必要になってしまいます。

Q:今後もJCFとの連携、そして開発は続いていくと考えてよろしいでしょうか?

田端:2028のロスまでに、もう5%くらい効率化を実現できればと思っています。

横のつながりも作っていけたら

田端:ありがたいことに、現在チェーン関係でお話がいくつかきており、自転車用チェーンオイル開発で得た知見を転用していけるのではないかと考えています。

綾部:自転車チェーンオイルの開発をしているということで、チェーンのメーカーさんとはすごく話がしやすくなった部分があります。先方もクルマの世界でシェアを持っていたりしますし、同じレベルで話ができるのは会社にとっても有益です。「ナショナルチームと一緒にやっている」ということが会社の強みになっています。

Q:そう言っていただけると、JCFとしても嬉しいでしょうね。

綾部:僕らを含め社長もめちゃめちゃ喜んでいて「自分たちの会社はナショナルチームのサポートをしている」と他社の方々との打ち合わせの話題になっています。

田端:うまくアピールしていきたいですよね。

綾部:ナショナルチームのサポート仲間繋がりで、DIDさんのチェーン開発も見学してみたいですね。手で組んでるって聞いて、めちゃめちゃ見てみたくて。東レ・カーボンマジックさんにも行ってみたいです。

田端:サポート企業同士でのつながりもできていったら良いですね。協力していけたら、こちらの製品ももっと良くなると思いますから。

Q:最後に、改めて製品についての、そして選手への想いを聞かせてください。

田端:選手たちは極限の状態で戦うことになると思います。陰ながら応援し、我々は縁の下でがんばります!

綾部:最後の最後まで選手を手助けできる環境にいることが、とても嬉しいです。事前合宿にお邪魔してチェーンの施工などをやらせていただきますが、チームの一員にさせてもらえる気持ちです。一緒に戦うという想いがありますので、自分たちのやれることをやって、選手たちを送り出してあげたいと思っています。

選手だけではなく、直接かかわるスタッフだけでもない。レースに出場するためには様々な人が関わっており、その人たちの数だけ想いがある。世界一となるため、日本代表の選手たちは周りの人の想いも乗せて「共に挑む」。

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