KEIRINグランプリ2021を優勝した古性優作、KEIRINグランプリ2022を優勝した脇本雄太。この2人がまた連携するとなれば……と、否が応にも期待が集まってしまう近畿の最強タッグ。しかし「ディフェンディングチャンピオン」である脇本の言葉は「僕と古性に関して言えば、グランプリといえどもやることは変わりません」と、いつもと変わらない。
王者として挑んだ2023年は「試練」の1年。この1年間の試練について、脇本にたっぷり話を伺った。
プロフィール
1989年生まれ、福井94期。
自転車トラック競技ナショナルチームとして活動し、東京2020オリンピックを機にナショナルチームを引退。2022年にはKEIRINグランプリでも優勝し、競輪への返り咲きを見せた。「王者」として過ごした2023年だが、その一方でオリンピック後から付き合い続けている腰痛、8月のオールスターの落車など怪我にも悩まされ、グランプリには賞金ランキング8位で選出された。
キャリア史上最悪の怪我
Q:8月のオールスターでは、とても大きな怪我を負いました。その時の怪我を改めて教えてください。
右の肋骨5本に、肩甲骨2箇所。だいたい半分がベリベリっと割れた感じです。それに肺挫傷に肺気胸。骨が折れた衝撃で肺が潰れ、肺に骨も刺さりました。
Q:それは……本当に危ない状態では?
記憶が飛んでいますね。レース映像を見返したのですが、最終ホーム(残り1周)からの記憶がまったくないんです。
目が覚めたら病室。痛いどころではなく、呼吸ができなかったです。幸い肺の潰れた箇所が端っこだったので、安静にすれば大丈夫なものでした。でもCTを撮ったら肺が変形していました。
Q:これはキャリアの中で一番ひどい怪我ですか?
もちろん。松浦(悠士)もそうでしょうし、郡司(浩平)や平原(康多)さんも怪我の度合いとしてはひどいと思います。
今も完治はしていません。だから状態としてマックスとは言えませんね。
Q:福井に転院するために、怪我から数日後に電車に乗ったと聞きましたが……
怪我の1週間後に乗りました。所沢で入院してて、4日くらいはまったく動けませんでした。6日後に自力でシャワーを浴びれるようになって、8日目に病院を出て電車に乗りました。気合いでした(笑)
大宮まで行ってしまえば北陸新幹線で帰れますし、妻もいましたので。サポートなしだったら・・・辿り着けませんでしたね。福井の病院についたらすぐベッドに入りました。
病院では肩甲骨を折っているから仰向けになれないんです。かといって肋骨も折れてるからうつ伏せも横向きも無理。斜めに、触れないギリギリのところに体を起こして寝ていました……
Q:イメージとしては新幹線のリクライニングくらいでしょうか。
そうですね、それよりもうちょっと倒したくらい。それを2ヶ月ほど。キツかった~……
Q:その時は競輪選手になったことを後悔しましたか?
全くしません。怪我はつきもの、競輪選手である以上仕方のないものだと思っています。
Q:脇本選手はプロテクターは入れない派でしょうか?
入れていません。入れようと思ったこともないですね。動きづらくなるからというか「自分のパフォーマンスを下げたくない」というのが大きいです。エアロも落ちるしパフォーマンスも落ちてしまう。速度が損なわれることは、何があっても絶対にしません。
「試練」の2023年
Q:2023年の競走本数を見たら60本くらいでした。本数も少なく、あのような怪我からここまでこぎつけたのはすごいことだなと感じます。
効率よく稼ぎましたね(笑)でももともとナショナルチームにいた時もそんな感じでしたし、2019年は20走くらいしかしていません。
Q:今年は1走ごとに150万円くらい稼いでる計算になりますよね。
そうですね。加えてG1も優勝していません。効率良いですね。
Q:KEIRINグランプリ2023出場が決まった時は、嬉しかったですか?
ホッとしました。その感覚は競輪祭で自分の競走を全て走り終わって、「はあ〜……」となったタイミングで来ましたね。とりあえず戦い抜いたな、と。「嬉しい」という感覚はもはや無いです。
Q:2023年を一言で言うなら、どんな言葉になりますか?
「試練」の1年でしたね。王者で1番車を着るという意味でも、年始からそういう感覚が付きまとっていました。
この前の年、2022年は古性(優作)が1番車で様々なことを思いながらやったと思います。それが自分にのし掛かってきて「こういう感覚だったんだな」と思いました。
Q:どのような感覚なんでしょう?
1番車は常に好きな位置を取れます。僕は今年に関しては自力だったので責任が問われないけれど、古性の場合は番手だから、「好きな位置が取れるならこうしてくれ」と仲間に言われた場合、それを遂行しなければならない。1番車だからこその権利を有効に使える立場でした。
僕も何回かですが、番手に回っています。ウィナーズカップ(2月)の決勝で古性の番手に回って「頑張って位置を取る」をやったとき、「勝負どころで仕掛けるより前にも戦いがあるんだな」と改めて感じました。「こういうこともやっていかなきゃいけないんだな」という「試練」の年でしたね。
Q:あの、そもそもですが、気づきが遅くないですか……?
遅いです(笑)でもこれまでの僕には無縁の世界でした。急に降りかかってきたんですよね。その時は「しばらく番手はいいや」と思いましたが、ちょっとずつやるつもりではいます。
Q:怪我も含め、いろんな意味で試練の1年でしたね。
前半は1番車としての試練、後半は怪我による試練でした。怪我に関しては付き合っていくものだと捉えていますが。
新人を育てていきたい
Q:KEIRINグランプリ2023は昨年同様に古性選手とのペアになるかと思います。
はい。この後すぐ合宿に入る(※取材時)ので、そこで前後は決めていきます。いつも高松宮記念杯とグランプリ前に大阪で合宿していますね。メインは僕らですが、G1選手を増やそうという意図の新人合宿も兼ねたものです。
本日も近畿地区強化合宿始まりました🤗
天気☀️もよくいいトレーニングができそうです🥳 pic.twitter.com/JyTuWiRUsf— 日本競輪選手会 大阪支部 TEAM OSAKA (@keirinosaka) December 13, 2023
結局層が厚くなる必要があるわけですから、土台を増やしたいんですが、なかなか。
Q:北日本、関東、そして中四国も層が厚くなりつつあります。
はい。他地区で若手が増えている一方、僕らは変化がないんですよね。競輪祭に出場した近畿の選手としては寺崎(浩平)が一番年下だったので、30歳が最年少なんです。時代だなと思いました……
Q:選手はいるけれど、G1まで上がってくる選手がいないと。
そうです。20代がいないことに、僕と古性はとても危機感を持っています。だからどんどん合宿を組んで力を高めていこうとしています。でもなかなか響いてくれない感じがしますね。「どうせ脇本だから、どうせ古性だからできることなんだろ」と思われてるんじゃないかと感じます。
Q:バケモノ枠みたいな感じになってしまっていると。
「自力で、かつ目指すのにちょうどいいレベル」の人がいないなと思います。寺崎も「どうせナショナルチームだから」と捉えられてしまう部分もあります。
合宿の趣旨は「別の環境で練習すること」
Q:では自身の合宿についてはどのように捉えていますか?
これに関しては若干ナショナルに近い考え方をしています。ナショナルチームも沖縄で合宿を行いますが、伊豆より良い練習環境を求めて合宿しているわけではありません。あの合宿の趣旨は「別の環境で練習すること」。変化を求めている、という部分があります。刺激を入れるために合宿を行なっています。
Q:岸和田競輪場は結構機材が揃っているとも聞いています。
めちゃめちゃ揃ってます、最高です。なので僕はちょこちょこ大阪に行って、環境の変化を作りつつトレーニングの仕上げをしています。
近畿地区強化合宿が無事に終了しました😀
バイク🏍を使ったレベルの高いメニューをみんなで行いました🙂
この後の競走にいかしてくれると思います🫡
脇本雄太選手が最後に締めの言葉を言ってくれました🤗
古性優作選手と共にグランプリで活躍を期待します🥰#脇本雄太#古性優作 pic.twitter.com/4s99pvK3Vd— 日本競輪選手会 大阪支部 TEAM OSAKA (@keirinosaka) December 13, 2023
Q:古性選手にインタビューを行った際「直前合宿の際、脇本選手はすごく調子が悪そうだったのに、グランプリ前日にはめちゃめちゃ強くなってて驚いた」と伺いました。
ピーキングを行うのが上手いとは言われますね。また、練習ではあえていろんなところがガタついてる自転車を使っています。だから調子が悪く見えていたのかもしれません。
加えて「練習での強度」と、「そこから本番に向けて調子を上げていくための強度」を自分でわかっています。これもナショナルでやっていたのと全く同じことですね。
Q:なるほど。それは脇本選手だけのやり方で、他の人にも適応できるものではない?
その通りです。ナショナルチームでも、本番に向けて仕上げていくやり方は1人1人異なります。競技の時と同じような設定でグランプリに向けた調整を行なっています。
KEIRINグランプリ2022を振り返る
Q:ではKEIRINグランプリ2022は「ピーキングうまく行ったしめちゃめちゃ調子いいぜ!」って感じだったんでしょうか?
調子が良い感覚はなかったですが、気持ちとしては大丈夫という感じでした。でも気持ちが大事だと思います。もともとオフのない職業ですから、その中で調子を作ろうと思ったら、気持ちの面が大事になってきます。
Q:いかに自分を信じられるか。
信じられるか、そしてグランプリという一発勝負にいかに不安を持ち込まないか、ですね。
もちろん昨年のグランプリでも、不安がゼロということはありません。何せめちゃめちゃ不利なメンバー構成でしたから。松浦が北日本に対して動いてくれて「良し!」となりましたね。
Q:後ろで見ていて「しめしめ」という感じでしたか?
うん、思っていました(笑)
Q:昨年は最終周回で松浦選手・守澤太志選手がガツガツやりあう展開でした。あの時はちょうど外側が空く形でしたが……
こちらとしては「あ、ラッキー」って感じでしたね。
Q:競輪祭の決勝では深谷選手がどんどんスピードを上げていました。ああいったスピードレースだと、さすがに後ろからの展開はキツい?
無理ですね。しかも駆けているのが深谷ですから。だからこそ、それをさせないようにいろんな作戦を考えてはいたのですが、外れました。
1着、そうでなければ9着
Q:脇本選手の今年の成績を見ると「1着か9着か」みたいな、極端な感じです。
1、2着か飛びですね。極端です。あの走り方をしていれば、自分自身でも納得です。これだけ成績がどっちかに振り切れてる人はそんなにいないと思います。
Q:極端なレーススタイルですよね。負けた時はお客さんからも相当言われませんか?
もう慣れました。1着でも後ろが千切れたりすると「ラインで勝てたのになんてことすんだお前」みたいなことを言われるんですもん。勝っても負けても言われますから、そういうことに関しては、もう慣れました。