6年ぶりにKEIRINグランプリに出場することになった深谷知広。平成の怪物、元ナショナルチームメンバーでスプリント職人、無類のクルマ好き、サウナ愛好家……そして今は若手を指導する「静岡のコーチ」の顔も持つ。
9年ぶりのビッグレース優勝となった共同通信社杯(G2)、そして決勝まで進んだ競輪祭(G1)の話を伺って印象的だったのが、”自分の勝ちを差しおいた、仲間への想い”。
競輪のグランプリという大舞台に舞い戻った深谷の「今」に迫る。
プロフィール
1990年生まれ、静岡96期。過去に5回(2011、2012、2013、2014、2017)KEIRINグランプリに出場しているが、東京オリンピック出場を目指したナショナルチームの活動もあり、グランプリからは長く遠ざかっていた。
2023年は共同通信社杯(G2)優勝などの活躍を経て、6年ぶりのグランプリ復帰となる。
「守れるか」だけを見つめた
Q:共同通信社杯の優勝を振り返らせてください。静岡で一緒に頑張ってきた渡邉雄太選手が前にいることで気持ちの違いはありましたか?
「雄太を使って自分が優勝したい」という思いはほとんどありませんでしたね。動きの中で、前を走る雄太をどうにかしてあげたい、と思っていました。でも番手の経験値が少なく、その中で「どうしよう、なんとかしよう」という思いがずっと頭の中にあって。それが結果的に良かったなと思います。
「こうなったら優勝できる」という考えに行きつきませんでした。どうやったら守れるか、といったことばかり考えていました。(優勝に対する)変なプレッシャーや緊張はなくて、「守れるか」のプレッシャーを感じながら走っていました。
Q:優勝した人の言葉じゃないみたいですね。
その中で優勝できたので、邪念がなかったということですかね。
優勝した瞬間感じたのは、純粋な嬉しさでした。自分のやれることをやった上で残り半周で雄太を見て、彼の優勝は厳しいなと判断し、そこからは自分の勝負に切り替え……その結果なので、シンプルに嬉しかったです。
Q:「2番手で仕事をし、ワンツーを目指す」というポジションは好きですか?
そうですね。前でも後ろでも、結局考えは一緒です。やっぱり横の動きでは古性(優作)、清水(裕友)、松浦(悠士)に及びませんが、その中でやれることをやりたいなと思っています。
移籍直後の挨拶がてら
Q:現在33歳、年齢的なハードル感じ始めてはいますか?
先行に関して、すでに限界は感じています。ここからさらに距離を伸ばしたり、スピードを上げるのは厳しい話。キープしながら、斜めと横くらいの変化を増やせれば戦えるかなと思います。柔軟にやれることをやっていく必要がありますね。
Q:最近こそ番手が増えてきましたが、静岡へ移籍した直後は率先して前を走っていたと思います。
そうですね。移籍直後は挨拶がわりじゃないですが、南関東の中での自分の立場を作るという意味でも前を志願して走らせてもらってきました。それを2シーズン近くやって一通りいろんなメンバーと走れて、それで「準備ができた」という感じ。
Q:そういうことは移籍したら必要なものでしょうか?
特に自分はほぼ先行の人間なので、そういうポジションが不自然でもない。自分がやりたいレースをするために、いろんな意味で重要かなと思ってやっていました。
教えることの楽しさともどかしさ
Q:「深谷塾」のような形で静岡で若手育成のグループができて、結果も出てきています。手応えは感じますか?
感じる場面と感じない場面と半々ですね。やっぱり強くなる選手もいれば足踏みする選手もいるわけで、そこの差が難しいなと感じています。
毎週週末に翌週のプランを送って、来る人は来て一緒にやる、って感じです。今はレギュラーメンバーで10人くらい。たまに来るのを合わせると15人くらいで一緒に練習しています。
Q:もうほぼコーチですね?
それほどでもないですよ。ただプランを作って一緒に練習しているだけです。練習仲間のレースは見ています。全員が全員とはいきませんが、結果が出ている。それが一番嬉しいことです。
Q:ナショナルチーム時代に「教えて!深谷先生」という企画に出ていただいたこともありましたが、プレイヤーとしても教える側としても楽しめる方ですよね。
教えるなら教える側に100%いきたい思いもあります。選手をやりながらだともどかしさがありますね。
この前腰痛で練習しなかった期間があったんですが、練習を見に行ってバイク誘導したり、ウェイト練習を見たりしました。やっぱり一緒にやっている時と「教える」に専念している時とは見え方が違います。自分が体力を使わない分、いろんなところに目が届く。逆に、普段一緒に練習しているときはこれが見えていないんだ、というもどかしさがあります。
でももちろん、自分も練習しなければいけない……ジェイソン(・ニブレット短距離ヘッドコーチ)が静岡に来てくれればいいんですけど(笑)
Q:教えたい欲求もありますか?
はい、教えているのは楽しいです。自分の練習との葛藤はあります。
「ジェイソンが競輪選手を指導したら」という企画をやってください。自分はサウナとバーベキューでジェイソンを接待します(笑)
Q:結果が出る選手と出ない選手、その違いは感じますか?
あると思います。姿勢……っていうと偉そうですけど、気持ちの向き方の違いはあるように思います。自分がメニューを作って、みんなで実施しているわけですが、規定のメニューをやっている中でも「自分で考えている人」と「やっているだけの人」がいます。それがそのまま結果に現れているわけでもないんですが、やはり人によって違いはあります。
Q:何も考えてなくても強くなる人もいる、と。難しいですね。
はい。でも考えている人の方が、強くなれる確率は高いと思います。
これで掴んでくれたらもっと嬉しかった
Q:そのような日々を経て、久しぶりのKEIRINグランプリ。嬉しさはありますか?
もちろん感じています。でも競輪祭に入る前に想像していたほどではなかったですね。
共同通信社杯(G2)で優勝してグランプリ出場のチャンスが出てきて、「出られるかも」ということはある程度考えてはいました。いざ決まればもっと浮き足立つかなと思ってましたね。でも思ったより冷静でした。
Q:競輪祭の決勝ではKEIRINグランプリ出場がほぼ確定状態でしたよね?
準決勝で、自分の前に新山(響平)が走って決勝進出がなかったので、その時点でほぼ確定なのかなとは思っていました。実際どうだったかはわからないですが。
※競輪祭準決勝では新山が11R、深谷が12Rに出走
Q:競輪祭決勝では同じ練習グループの簗田一輝選手も一緒に進出しました。
自分のグランプリ出場よりも嬉しかったですね。それもあってグランプリ出場への感動が薄かったのかなと思います(笑)
彼はもともと持ってるものはあったと思います。それがうまく噛み合ったのが競輪祭でした。
決勝戦のレースでは結果的に先行しましたが、相手がレースを譲らないなら自分も狙うし、逆に先手を獲れるなら後ろに松井(宏佑)もいて簗田もいるわけだし「勝てると思えばどこからでも勝負をして良い、ラインの誰が勝ってもいい」という思いは伝えていました。
Q:深谷選手としてはできることを全部やったレースだったと思います。
松井が獲るべきではありましたね。まず決勝に乗ること、そこでラインができること。ひとつひとつが難しいことです。チャンスが巡ってきた時にそれを掴めるよう、みんなで頑張らないといけません。
自分としてはやることをやって出し切りましたし、これで松井がグランプリ出場を掴んでくれたらもっと嬉しかったです。でも次へのステップになれば良いですよね。