ガールズグランプリ2022で落車し、骨折からスタートした児玉碧衣の2023年。どん底からの復活、史上初のガールズG1優勝、そして8回目のグランプリ。上り調子に見える児玉だが、その実、胸の内ではさまざまな迷いを抱えていた。

迷いを抱えながら、それでも児玉は「現役でいる限りはトップで走り続けたい」と語る。

児玉碧衣の2023年と、今のリアルな思いを伺った。

児玉碧衣選手プロフィール

本拠地は久留米。高校生まではバレーボールを行っており、2015年にガールズケイリン選手としてデビュー。ガールズグランプリには2017年から7回連続出場、今回で8回目。2018、19、20年は3連続優勝。ガールズグランプリ2022では落車し途中棄権、人生初の骨折を経験する。

2023年は通算500勝を達成。初のガールズケイリンG1開催となったパールカップでも優勝し、ガールズグランプリ2023の出場権を得る。

失ったものと得たもの 怪我から始まった2023年

ガールズグランプリ2022

Q:去年のグランプリは落車、そして骨折となってしまいました。リハビリから始まった1年を振り返っていかがでしたか?

これまで落車の経験はあったのですが、骨折は初でした。今年からガールズのG1が始まって、それを獲ってしまえばガールズグランプリの出場権を得られるようになったものの、気持ち的に焦って「ちょっとでも稼がなきゃ」と思っていました。

1月、久留米の復帰戦は立ち漕ぎができないくらいの状態で挑みました。案の定3日間1着を獲れずに終わって……競輪って左回りですけど、私は左側を折っているから、Gに耐えたいのに左側に力が入らない状態。思ったように体が動かなくて「骨を折るとこんな風になるんだなあ」という感じでした。

でも、得るものもありました。怪我をする前はただ自転車に乗って何も考えずにペダルを踏んでいたんです。怪我後に同じ意識で自転車に乗ると全然進まなくて「(ペダルを踏む際に)私はお腹を使ってたんだ」「左肩をこういうふうに下ろしていたんだ」という発見ができました。今は怪我が治って、その発見を持ち越したまま自転車に乗ることができています。

「骨折してよかった」とまでは言わないですけれど、必要な時間だったのかなとプラスに捉えていますし、走れる喜び、負けて悔しい気持ちを改めて感じました。骨を折って苦しい思いをして初心に還れたと思います。ターニングポイントというか、意味のある時期だったのかな。もちろん苦しかったですけれど。

Q:復帰してからはガールズ初のG1レース、パールカップで優勝しました。あの勝利は嬉しかったですか?

嬉しかったです。パールカップ前は賞金ランキング20位くらいで、G1を獲らないとグランプリに出られないくらいの位置でした。怪我でなかなか成績が出なかった時期でしたから、本当に久々の「優勝」でもあり、嬉しさを噛み締めましたね。

また、ガールズケイリン史上初のG1での優勝。「初」はガールズケイリンの歴史に名前が刻まれます。「これでまた児玉碧衣の名前を刻んだぜ」と思えて嬉しかったですね。

Q:正にその通りですね。名前を刻むといった意味では、児玉選手は承認欲求が結構ありますか?

あると思います。褒められたら嬉しくて調子に乗っちゃうタイプです。褒められずに怒られたらその人を嫌いになるタイプ(笑)

Q:怪我する前を100だとすると、今はどれくらいですか?

体は戻っているし、痛いところもない。体の状態は怪我する前と同じになっているのですが、モチベーションの維持が難しいです。

パールカップを獲ってしまい、どうしても「周りとの熱量の差」ができてしまいました。熱量が違うぶん、人より練習しなくなったり……そういう意味では、脚力としては100まで上がっていないと思います。

G1ができる前は賞金によってガールズグランプリが決まるから、11ヶ月の間ちゃんと走り続ける必要がありました。以前は長くモチベーションを保つのが難しいと思っていたので、G1新設を良いことと捉えてたのですけれど、「グランプリ決まってるし」って気持ちが勝っちゃうんです。

競輪祭ではそういう部分がレースに現れたのかなと思います。自分の気持ちの持っていきかたという部分でも、この1年勉強の必要性を感じました。

Q:でも今年それを経験できた分、来年以降同じパターンになった時に対応できるかもしれませんね。

そうですね。ここまでダラダラとメリハリのないまま来てしまいました。練習はしていますが「勝ちたい!」「強くなりたい!」という感じが弱い。この経験を来年に活かさなきゃなと思います。

ガラスのハート

Q:連載されているコラムも読ませていただいたんですが、今年の初めは文面的にも大きく落ち込んでいる様子が見てとれました。外から見る側とすると、児玉選手ってメンタル強いイメージがあって少し意外でした。

表情とかにはまったく出さないんですけど、メンタルは”ガラスのハート”です。自信がない時ほど弱い。お客さんにヤジを飛ばされて落ち込むことはないのですが、自分の成績にがっかりしちゃいます。そういう意味でのメンタルの弱さです。

Q:ましてや「勝ち続けている最高の自分」というものを知ってらっしゃるわけですからね。

自分自身が「弱くなった」と一番わかりますしね。怪我している時は「もう上で戦えないかも」と思うくらい体がまったく動かなかったです。何度も骨折している先輩からは「怪我する時はそんなもんよ、ワイヤー抜いた瞬間に戻るよ」なんて言われていたのですが、それでも「本当に戻るの?」と不安になっちゃいます。

Q:怪我により「引退」が頭をよぎったりはしましたか?

いえ、それはなかったです。引退するんだったら強いまま終わりたい。弱くなっての引退は考えてなかったから、それはなかったんですけど……

高木真備さんがちょっと前に引退されましたが、あの引退の仕方は良いなと思いました。(上手く)取られた!と思いましたね(笑)真備さんが引退した瞬間「ずるい!」って言いましたもん。

現在は保護犬・保護猫の活動に邁進する高木真備

実は真備さんがグランプリで優勝して、その後のガールズコレクションで一緒になったときに「真備さん引退しないですか?」って言ったんですよ。その時は「ん〜わかんない」って感じだったんですけど。

Q:直後に本当に引退しちゃったんですね(笑)

私のせいかな?とかちょっと思っちゃいました。でも「頂点を得て、そして終わる」は本当に良いと思います。私は「獲って、でもその後負けてる」から……とにかくもう1度は獲らないと、と思います。

児玉、婚期に焦る

Q:セカンドキャリアなどは考えていますか?

実は考え始めています。何をしたいかは定まっていて、あとはそれをどうやってやるか……という感じ。選手と並行してスタートして、そっち一本で稼げるようになったら引退を考え始めるかもしれません。でも、ダメだったら引退しないかも(笑)

Q:収入を確保しつつサブの仕事を始められる時間もあるという意味では、競輪選手って良い職業ですね。

そうですね。そうなんですけど、女性としてはね……体がだいぶゴツいし、女性としての人生は歩めませんね。

そういう意味で、辞めて筋肉落として痩せて、普通の女性として生きたいって気持ちもなくはないんです。もったいねえな!って。

Q:それは何かきっかけがあったんですか?

周りの友人がどんどん結婚していくんですよ。子どももいるし。会ったときに「全然体格が違う」と感じて、羨ましいって思うようになって……

Q:児玉選手は2015年デビューですから……

9年目ですね。バレーボールは8年だったので、バレー歴を超えました。そんなに長くやってた意識はないんですが、気づいたら。

Q:何歳までやりたいとか、理想はあるんでしょうか?

30歳くらいじゃないですかね。あと2年。

Q:辞めなさそうだなあ……(笑)

厳しい環境にいた人は強くなれる

Q:バレーボールのお話も聞かせてください。めちゃめちゃ厳しかったと聞いていますが。

めちゃめちゃ厳しかったですよ。マジやばかったです。でも、それが当たり前のところで過ごしてきたので、個人種目って楽だなと思います。車券を買っていただけるお客さんには迷惑をかけることはあるかもしれませんが、先輩や師匠に迷惑かけるってことはないので……

Q:その高校には男子バレーもあったのですか?

はい、共学なので男子のバレー部もありました。強くなかったので遊びのバレーチームって感じですかね。男子が楽しげにやってる横で女子は厳しい練習、地獄絵図(笑)

高校3年の時私は副キャプテンだったんですが、キャプテンと一緒に通学路の踏切の前で「まじ嫌やね、飛び込む?」「でも踏切でやっちゃうと家族に迷惑かかるし」「もう少し頑張るか」ってやりとりをしたくらいです。

Q:でもそれを小学校から高校まで続けたのは、どうしてなんでしょう?

勉強が本当に苦手だったんです。バレーで進学できるって話になって「勉強しなくて良いなら」と思ってそっちに進んだんですが、わかってはいたけど本当に厳しかった。「勉強したくない」というその場しのぎの結果でしたね。

Q:競輪と出会えて良かったですね……

良かったです(笑)

バレーボールは厳しかったですが、小学校から筋トレとか体幹トレーニングとかをしてきました。それが競輪にも繋がってるとは思います。

Q:全国のバレー少女たちに「競輪はおすすめだよ」と言えますか?

今の子達はどうかわからないですが、私たちくらいの世代の人たちにはおすすめと言えます。それこそ(小林)優香さんも厳しいところだったと聞いていますし、厳しい環境にいた人は強くなれると思います。

自転車を選んだ理由は……

Q:児玉選手はガールズサマーキャンプに参加したところが自転車のスタートでしたよね?

はい、高校2年の時に参加しました。もともと競輪は知らなかったのですが、母がたまたま「ガールズケイリンが始まる」というニュースを見て勧めてきたんです。家族で久留米に見学に行った時、今の師匠から「こういうのがあるよ」と紹介されて参加しました。

Q:「自転車」を選んだ決め手は?

勉強しなくていいから!

Q:また出た(笑)

だって大変じゃないですか、勉強って。卒論とか、朝から授業行ってバイトして……とか。めんどくさがりなんです。行動するのはいいんですけど、考えるのがめんどくさいタイプ。体を動かすだけで良いならそれがいい、って感じで、楽な方に逃げていった感じです。もちろんこの世界も楽ではないですけどね。

頭を使わないわけじゃないけど、試験やテストがあるわけではない。朝から働いて休みは土日だけという友達と比べたら、休みが自由で1日のスケジュールも自分次第な競輪選手は自分に合っているなと思います。

Q:天職ですか?

天職だと思います。夢のある職業ですね。

個々の戦いだからこその難しさ

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