2004年生まれ、鹿屋体育大学在学中ながらトラック強化指定選手「B」(アカデミー)に名を連ねる梅澤幹太。
2025年シーズンは、初の海外大会となった『香港インターナショナルトラックカップ』で2つのメダルを獲得、『ジャパントラックカップ』『全日本選手権トラック』でもメダルを手にするなど、飛躍の年となった。メダルという結果はもちろんのこと、積極的な走りは結果以上の存在感を放っていた。
2026年は年初のナショナルチーム沖縄合宿にも参加。さらなる進化を狙う期待のホープに話を聞いた。
生来の中長距離選手?
Q:まず、自転車競技を始めたきっかけから教えてください。
小学校4年生、10歳くらいでした。最初はロードでしたが、地元の愛媛県でバンクに乗る練習会みたいなものにも参加していたので、ピストバイクにも乗っていました地元の競輪選手の練習にも混ぜてもらったりしつつ、ずっと父と二人三脚でやってきました。
Q:ほかのスポーツも経験していますよね。
小学校ではバスケットボールと水泳をやっていました。中学は陸上部で、1500mでは県で3位くらいまで行きました。
Q:やはり中長距離向きのバックグラウンドですね。
そうですね(笑)。
どちらかというと、短距離よりは中長距離の体質なのかもしれません。
Q:現在は鹿屋体育大学に在籍しています。どのような環境でトレーニングをしていますか?
僕が、いわば強化部長のような立ち位置なので、山口大貴先生と相談しながらトレーニング内容を決めています。基本は年間計画を立てて、それを月ごとに大まかに落とし込む形です。
大学では比較的自由にやらせてもらっている部分もあって、別メニューで動くこともあります。
Q:大学でのトレーニングとは別に、ナショナルチームではダニエル・ギジガーコーチから指導を受けている状態ですね。
はい。鹿屋では鹿屋のやり方、ナショナルに来た時はダニエルに聞く、という感じで、それぞれの環境で吸収しています。伊豆の環境は本当に良いので、もっと伊豆で練習したいという気持ちもありますが、大学では教職課程も取っていて授業も多いので、なかなか時間が取れないのが現状です。
Q:教師になることも視野に入れている?
せっかく体育大学に来ているので、免許は取っておこうかなと(笑)。
Q:将来的には、競輪選手を目指している、そんな野望もありますか?
ゆくゆくは窪木(一茂)さんや(橋本)英也さんのように、競輪選手になるスタイルが良いかなと思ってはいますが、今現在はまだ考えていません。
作戦「ガンガンいこうぜ」
Q:特に2025年は、非常に積極的なレースが目につきました。
スプリント力があるタイプではないので逃げを作ることは心がけていて、特にポイントレースなどでは、ラップを狙っていくことを意識しています。
Q:そのスタイルは、もともと持っていたものですか?
高校の頃から逃げる走りは好きでした。ただ、大学1年の時に、学連のレースで上野(みなみ:現ナショナルチームトラックジュニアコーチ)さんが指導に来てくれたことがあって。その時に「どういう走りがしたいのか見えない」と、結構キツめに言われたんです。逃げも決めず、スプリントもせず、あやふやな走りだったと。
Q:そこが、ひとつの転機になった?
はい。それ以降は、レース前に「今日はこういう走りをする」と決めて走るようになりました。
今は、スプリント力では窪木(一茂)さんたちには及ばない。だから、今の自分ができる最大限の走りは、逃げを作ることだと思っています。
Q:1人で逃げまくっているようなイメージすらありますが、その分疲れも大きいのでは?
疲れます(笑)。でも、無謀に行っているわけではなくて、周りの状況はちゃんと見ています。緩んだタイミングで行くとか。
「勝つ」というより、「どんどん行こう」という感覚です。チャレンジャー精神というか、勝ちにこだわるより、ガンガン行こうと思っています。
海外の選手は、正直あまり知らない
Q:4月には初の海外大会となる『香港インターナショナルトラックカップ』にも参加しましたし、年末にはナショナルチームの一員としてニュージーランド遠征もありましたね。
正直、世界のレベルではまだ全然下の方だと思っています。良い経験を積ませてもらっているので、それを糧に成長につなげたいです。
Q:海外の選手と走るのはワクワクしますか?
ちょっと怖いという気持ちもあります。レース前はわりとネガティブで、「行けるかな……」って。でも、走り始めると「意外と走れるな」と思えることも多くて、そこから一気に「ガンガンいこうぜ」モードになります(笑)。
Q:海外の選手についてはリサーチしています?
全然していないです(笑)。UCIのランキングも気にしていなくて、「みんな強そうだな」くらいですね。
