2019年9月29日、東京大学駒場キャンパスで競輪選手・日本ナショナルチームの新田祐大選手、柔道リオ五輪100kg級銅メダリストの羽賀龍之介選手、NECグリーンロケッツ所属のラグビー選手・川村慎選手が登壇するトークイベントが開催された。
このイベントはNPO法人 PICCSが主催したもの。東大ということもあって会場は厳かな講堂かと思いきや「身体運動実習室」という名の畳の部屋。柔道選手の羽賀選手は会場に着くとすぐに座り「畳は落ち着くので」と笑顔を見せた。
全員が車座になり、マイクなしで登壇者たちが質問に答え、自由に手を上げて質問が行われるアットホームな雰囲気でイベントスタート。参加者の子どもが輪の中を駆け回っていたりと、「講演会」と言うよりは「座談会」に近いようなオープンな雰囲気で進められた。
新田祐大(自転車) プロフィール
1986年生まれ。競輪選手であると同時に、自転車トラック競技(短距離)の日本ナショナルチームメンバー。トラック競技の種目のひとつ「ケイリン」において、2019年の世界選手権で準優勝。2019年9月現在世界ランキング1位。トラックチーム「Dream Seeker」代表。
羽賀龍之介(柔道) プロフィール
1991年生まれ。5歳から柔道を始め、100kg級で2015年に世界柔道選手権大会、グランドスラム東京の両大会で優勝。2016年のリオ五輪で銅メダル獲得。2019年8月末に第1子が誕生したばかり。
川村慎(ラグビー) プロフィール
1987年生まれ。日本国内における社会人ラグビー(15人制)の全国リーグである「トップリーグ」のNECグリーンロケッツ所属。慶應大学卒で博報堂へ入社するが、退社しラグビーの世界に戻ってきた経歴を持つ。
共通点は「自分たちの競技を広めたい」
今回登壇した3人のアスリート。自転車、柔道、ラグビーと競技が異なるものの、共通しているのは「自分たちの競技を広めたい」という思いが人一倍強いことだ。
「東京オリンピックでのメダル獲得」「若手育成」を目的としたトラックチーム「Dream Seeker」を立ち上げ、Twitterで練習風景を動画で公開したり、人前で喋る場に積極的に出るなどして「自転車競技」を発信している新田選手。
「柔道をやってない人に柔道を教えて、柔道の楽しさを知ってほしい。僕らの認知を上げたい」という思いで、本イベントの主催者・伊藤氏とともに東大で柔道教室を開くなど、活動を続けてきた羽賀選手。
選手活動の傍ら、日本ラグビーフットボール選手会を立ち上げ「日本におけるアスリートの価値を向上させる」「ラグビーそのものの評価を上げる」などの目標に向かって活動している川村選手。
・・・という基本的な共通の目標は参加者にも共有されながらも、トークイベントは別軸で進む。
テーマは「個でも勝つ」。フィジカル、メンタルについての質問を皮切りに、一般人からしてみれば別世界にいるアスリートの生活、お金のこと、トレーニングの辛さ、考え方など、彼らの「リアル」が語られていった。
以下、イベントの一部を抜粋してお届け。
一般人には想像できない、プロのトレーニングの辛さ
Q:フィジカルの部分について、日々どのようなトレーニングをしているのか教えてください。
新田選手:僕は自転車競技ですが、お2人のような肉体と肉体がぶつかり合うような競技でないことが特徴の1つかなと思います。練習で怪我をすることはあまりないです。ウェイトトレーニングの中でぎっくり腰するくらい。
#workout 290kg 1leg@tmhrfky pic.twitter.com/Te6h0teMQF
— – 新田 祐大 / Nitta Yudai – 自転車選手 (@yudai_nitta) September 13, 2019
レッグプレスのトレーニングでは、片足で320kgくらい持ち上げます。両足だと720kgがこれまでの最高ですね。そういうウェイトトレーニングをしています。一方で「100m走をしろ」と言われたら、僕はおそらくゴールにたどり着けないと思います。自転車はペダルを漕ぐだけで、地面への衝撃がない。そっちの筋肉を全然鍛えてないので、脚が耐えられないです。
羽賀選手:練習を月曜から土曜、毎日毎日同じことを繰り返しています。5歳から柔道を始めて、中学校3年生から家を出て、高校生は寮生活をして、正月の3日間くらいしか家に帰らないような生活をしているので、ずっと柔道漬けなんですよね。その中で怪我があったり、うまくいかないことなどが降りかかってくるので、精神的な鍛錬も必要になってきます。
川村選手:僕は慶應大学だったんですが、慶應は練習が厳しいことで有名。もともとスポーツ推薦をあまり取らない大学なので、体格的に恵まれてない人が多いんです。でも「素人でもラグビーが強くなりたい」ということになると、死ぬほど練習するしかない。前時代的かもしれないけど、必要だと思ってます。
常にそういう練習をする必要はないかもしれません。でも一回は「そういう練習を乗り越えた」という経験を持つ必要はあると思います。
ラグビーの「オーマイゴッドの精神」
Q:メンタルの部分はどのように強化しているのでしょうか。
川村選手:お2人は個人でやる競技なので、誰かのミスをフォローする必要がない。でもラグビーはそういうことだらけなんです。頑張って走って投げたボールをぽろっと落とされて「ふざけんなよ・・・」ってなることはよくある。
そういう時に「ふざけんなよ・・・」って思っちゃうと、試合に集中できなくなる。だから試合中はミスした人は置いといて、自分は「神様ありがとう」と思って、すぐ次に行きます。「オーマイゴットの精神」って言うんですけれど。
ミスがあったら自分のことでも、味方のことでも、とりあえず「神様ありがとう」と思ってすぐ終わらせる。それは外国人コーチが増えてきた影響かなと思います。外国の方は宗教を持っている方が多いので、ミスを擦り付ける「誰か」を持っているんですね。生きやすい生き方を知っていると言う感じがします。日本人はそういうのがない分、難しい人種なのかもしれません。ラグビー選手は多様性が高いので、そういう考え方を取り入れやすいですね。
「お家芸柔道」だからこその強み
羽賀選手:日本チームにメンタルトレーナーが付いたことはあったんですが、3ヶ月持ったことがないです。みんな自分の調子とか、本音とか、なかなか話さないから。だから「いらないね」となってしまう。
ですが柔道は日本のお家芸ですから、先輩方に金メダルを獲ってる方がたくさんいるんですよ。それが協会連盟にスタッフとしていてくださる。井上康生監督に「今日調子がいいぞ。絶対金メダル獲ってこい」とか言ってもらえる方が、メンタルトレーナーに何か言われるよりもすごく嬉しいし、励みになります。それが柔道界の本当の強さだと思いますね。
外部から見ると「連盟には柔道出身者しかいない」と思われがちだと思うんですが「目の前に目標がいる」という環境は「強い」です。
新田選手:僕たちは伊豆に居を構えています。伊豆に拠点を持つことがナショナルチームに入るための暗黙の了解のようなものです。それは「オリンピックが行われる伊豆の競技場で練習できる好機を逃す」ことは日本代表としてそぐわないから。そういう点で、コーチとスタッフ含め20名くらい、選手も10名くらいという体制でやっているのは、個人の種目であっても「チーム」だと思っています。
僕としては「外部の人と話すこと」がメンタルにいい影響があると思っています。週末に伊豆から東京に戻ってきて、食事をしたりいろんな話をしたりして、そんな中で何気なく言われた一言が啓示のようになることが度々ありますね。
アスリートの「目標の立て方」
Q:例えば受験勉強なら、最終的な「合格」という目標があるものの、モチベーションを維持するために小さな目標を立てたりします。みなさんの話を聞くとオリンピックなどの大きな目標を掲げていますが、小さな目標を立てたりはするんでしょうか。(学生からの質問)
川村選手:「モチベーションを維持しなきゃ」って思っているものに取り組んでいるんだったら、それって実は本当にやりたいことじゃないんじゃないかな。やりたかったら、苦しかったとしても小分けにせずにやっていけると思います。その「大きな目標」を見つめ直した方がいいんじゃないかと思いますね。
僕のやっている15人制のラグビーはオリンピックの種目にはないので、日本国内の最高リーグである「トップリーグ」で優勝したいという思いがあります。でもなぜそれがしたいのか?の理由は「自分の人生において理想にしている像」を実現するためです。人間としてこうありたい、という感じですね。
Q:選手によっては「メダルを獲りたい」「オリンピックに出たい」という目標は話してくれるものの「その先どうしたいの?」と聞くと答えられないことも結構あります。
羽賀選手:この前元フェンシング選手の太田雄貴さんと「選手にとってメダル獲得は義務化しているのかもしれないね」という話をしました。税金が使われてサポートされていることなどが理由になり得るのですが、そういう部分もあってオリンピックの「その先」をあまり考えられていないかもしれないですね。
でもそれじゃいけない。というのもほとんどの場合「金メダルをひとつ獲ったらそれで一生食っていける」なんてことはないからです。太田さんは「メダルというのはただの通行手形でしかない」という言い方をしました。メダルを獲れば、その後スムーズに社会に溶け込めるかもしれない。でもメダルを獲れなかったからといって駄目ということはない。だからちゃんと考えないと。
Q:「心技体」という言葉がありますが、みなさんはどれくらいの割合で考えていますか?(学生からの質問)
羽賀選手:僕は全部33.3%かな。難しい質問ですが。
新田選手:僕はその時々によるかもしれないです。オリンピックの会場に来たら、みんな「技」も「体」も同じくらいのハイレベル。だからもう「心」で勝負するしかない。練習以上のパワーは出そうと思って出せるものじゃないので。
例えば、この間の大会では5分ごとくらいのタイトなスケジュールでレースが進んでたんです。みんな疲労困憊で、目を開けていられないくらいの様子でスタートのところに行くような感じで。そういう、みんなが苦しいって思ってる時に苦しくないふりをするのが大事だなって。
終わってから対戦した選手に話を聞いたら「自分は死に物狂いに走って、更にまた一本走る時に本当に死にそうだったのに、ふと新田さんを見たらケロリとしてる。もう負けたなって思った」と言われました。その時は「心」だなと思いましたね。でもやっぱりこういうレースばかりではないので、場合によると思います。
Q:この新田さんをすごく近くで見ている早稲田大学の中野くんは、新田さんのレース前は「心技体」どういうバランスだと思いますか?
中野選手:う〜ん・・・「心」が80%以上、残りを2つに等分しているように見えます。
Q:競技のピークの年齢って何歳くらいなんでしょうか?
新田選手:肉体的なピークは20歳前後だと思います。でも競輪は競技寿命が長いことが特徴でもあって、50歳近くなるのにトップを走り続けている選手もいます。そういう方は技術ももちろんですが、情報の使い方が上手い人だなと思いますね。
もう50歳くらいになる、僕らからしたら大先輩の選手が、20歳そこそこの選手のところに行って「練習教えて!」と頭を下げたりするんです。実際にその20歳の練習を完璧にこなすかどうかは別として、とりあえず自分に合うかどうかを試してみるんです。そういうことができちゃう人は強い。
最後は参加者たちで写真を撮ったり、自由歓談で選手と話したりをしたのちに閉幕となった。
登壇者が一方的に話す講演会ではなく、「逆にどう思うの?」と返されたりと、参加者も自分の考えを交換し合う、アクティブな会となったトークイベント。「知ってほしい」選手陣にとっても、「知らないから知りたい」参加者にとっても有意義な時間となったのではないだろうか。それぞれの「リアル」を交換したこの時間が、この場にいた全員にとって、各々の「やりたいこと」のための一助となったことを期待したい。
新田祐大
Twitter:@yudai_nitta
羽賀龍之介
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川村慎
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